2012年05月20日

昭和60年8月12日の日航ジャンボ123便ソ連自衛隊(中華)核攻撃惨事の背景には山姥乱入(地底人)が

 

 

皇太子様が沈没ロシア軍艦を見下ろすロケーションで登山されたのは、中ロによる皇室迫害への抗議

皇太子様の沼津アルプス登山は沈んだロシア船を見下ろすロケーションであった。

 

ソ連KGBの流れをくむ中ロ略奪警察マフィアが日本国内で天皇家に対して弾圧を行っている。日本の暴力団やアジア宗教及びマルキスト結社が、中ロの資金と官房機密費の半分で、公安のゼロ及び自衛隊114部隊の指示の下、皇室迫害を行っている。

これに対し、

皇太子様が沼津アルプスから、駿河湾に沈んでいるロシア軍艦ディアナ号を見下ろすかたちで沼津アルプス登山を行った。

ディアナ号はロシアプチャーチンであり、下田に入港したのが12月3日、日本の神力で転覆したのが12月23日であるからして、日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事と下田御用邸付近で発生したソ連軍機ベアによるJAL123便尾翼破壊問題をロシアプーチン大統領に向けて、改めて提起されておられる状況である。12月23日はもちろん天皇陛下誕生日である。

 

 ソチオリンピック聖火リレーで、消えた聖火をライターで点火するような人種がロシアである。

 

 

 

 

 

 

 

 

・御巣鷹で、米国の稼ぎ頭、ボーイング747SRジャンボが撃墜されている。

・御巣鷹で米軍最強SR-71等の軍機も撃墜されている。

・御巣鷹に日中友好協会会長の加藤紘一氏が、夜間、勝利凱旋ヘリ飛行している。

1943年8月12日に米海軍フィラデルフィア実験が行われましたが、1985年8月12日に、米軍の物まねをしたのがJAL123便のワープだったわけです。当然「物まね国家中国」が実行部隊となったソ連自衛隊の裏にいるわけです。

・525人のJAL123便乗員乗客(胎児1名含む)は、孝明天皇の命日である5月25日(1913年5月25日)を示している。

これだけ見ても、親皇室派の欧米が、反皇室派の野蛮な中華に敗退したことが分析できます。自由ユダヤ主義勢力が敗退したため、マルキストKGBさながらの警察国家が展開される無茶な世の中になってきています。

 

 

 

 <JAL123便ソ連自衛隊核攻撃惨事の勢力図>

ファイル:Seal of the US Air Force.svg

明治26年8月12日文部省告示第3号別冊「祝日大祭日歌詞並楽譜」(1893年(明治26年)8月12日

↑   ↑

↑攻撃↑

↑   ↑

ソ連水爆1953年8月12日

日中平和友好条約1978年8月12日

Red Army flag.svgPeople's Liberation Army Flag of the People's Republic of China.svg(中国の言う「平和」とは、天皇家が絶滅することである。中国の言う「友好」とは、相手方が奴隷になることである。よって、注意が必要である。)(中露イランといった勢力は、大粛清及び文化大革命に見られるような非人間的で無茶なKGB弾圧警察国家体制を特徴とするため、注意が必要である。)日本の国旗Flag of JSDF.svgイランの国旗(日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事では、日本政府=イラン や、警察自衛隊公安も中露側についてクーデターに参加した。今後も注意が必要である。公安のゼロ及び自衛隊114部隊には官房機密費の半分が投入されている。)

 

 

 

米国の「中国を刺激しない政策」とは、JAL123便ソ連自衛隊核攻撃惨事の際、完敗したため、同様のクーデターを恐れているからである。

背景には、米国のエリア51グレイと中国のエリア51プレアデスの戦いがある。

米国のエリア51は、人類に技術供与を行い、日本には戦後40年の豊かな時代を提供してきた。ユダヤ人にも好意的である。

対して、

中国のエリア51は、地獄中華を運営してきた。技術的には高度であり特に憑依洗脳を得意とする。人間を騙すことに長けており、人間を騙すことに重きをおいた方針が特徴的であり警戒が必要だ。

JAL123便ソ連自衛隊核攻撃惨事の主犯格であるプレアデス勢力には今後も警戒を要する。

 

 

 

銀河云々や、プレアデスの「精神性が高い」とは、「人を騙す能力が高い」ことを意味しているので警戒が必要である。

銀河云々や、プレアデスが「グレイやカバールはだめ」と言うのは嘘である。グレイやカバールは人間にフレンドリーで技術供与を積極的に行ってきた。また、芸術的にも秀でており、人間らしさを持った宇宙勢力である。

戦後40年間は、グレイやカバールが豊かな日本を支えていた。

しかし、1985年8月12日のJAL123便ソ連自衛隊核攻撃惨事で、プレアデスに敗れた。

そして、以降、騙し集団銀河云々やプレアデスが、失われた時代を形成している。

 

 

 

<参考 海自IRデゴイ>

 

 

 

日航ジャンボ123便 乗客小川様車窓写真「4枚目」~「8枚目」は伊豆静岡県下田市「須崎御用邸」周辺を超低空回避飛行している。

 

 

 

 

 

 

 

 

<警察公安のおかしさ>

2014年初頭、皇居の一般参賀で、佳子内親王がボディチェックを受けられたということである。

来年から、天皇陛下の横でお立ちになる佳子内親王にである。

要は、警察公安が、皇室に対しておかしな動きをしているということになる。JAL123便ソ連自衛隊核攻撃惨事と同様の構図だ。

 

<警察公安自衛隊の皇室に対する武装蜂起>

 彬子女王が、天皇皇后両陛下の前でお倒れになられたが、その前に週刊誌に対し、監視はできることならばやめてほしい、といったご発言をされ、記事になっていた。

警察公安に苦言→電磁波超音波兵器で攻撃

という、警察公安特有の武装蜂起に皇室がさらされている。JAL123便ソ連自衛隊核攻撃惨事同様の構図である。

 

 

 

 

<現在の日本の政府専用機です>

1985年8月12日に撃墜された米国ボーイング製JAL123便の「赤」と、同じく御巣鷹で撃墜された国連救助機(として救助に向かった)スカイトレインC9Bの「金」が施されています。

「欧米国連勢力」が「中華勢力」に攻撃されたのがJAL123便惨事です。

 

 

 

 

東電を倒産させると、秘密原発が表に出てくるので破たんさせないのです。
例えば、群馬長野県境の御巣鷹地域では3機の原発(100万キロワット×3)が稼働しています。
(これは、全国の原発が止まっているといわれる今でも稼働しています。)
特定秘密になることですので今のうちに書いてしまいますが、
現在の原発は、全て廃炉にする一方、全ての山間部のダムに原発が新設されます。その電力はケイタイ基地局からのスカラーエネルギー発信に使われ、人々に埋め込まれたマイクロチップの駆動に使われます。

 このような中華地底宇宙人類の人類に対する奴隷支配は、好ましくないと思います。

 

日本の戦後40年の良い時代は、欧米及び天皇家が支配していたからなのです。

JAL123便で欧米天皇家が敗れ、中華支配となったから日本がおかしくなったのです。

 

 

 

 1985年8月12日のJAL123便ソ連自衛隊核攻撃惨事は山姥がファーストクラスに出現した。

リークされているボイスレコーダにも高浜機長佐々木副操縦士福田航空機関士の他にもう一人の声紋が記録されている。

 

それで、山姥をどう退治するかについて対立が発生した。

 

米軍はウルトラマン形式で横田に着陸させ乗客乗員は助け山姥だけを退治する方向、

日本政府自衛隊は、JAL123便ごと抹殺する方向、

 

この対立の下、

最終的には御巣鷹で自衛隊(イラン台湾ソ連中国イタリアフランス)と米軍(米国)の戦闘も発生した。

時の中曽根総理は帝国石油の資金でイランべったりだった。

 

4人+1人の生存者の救出につながった臼田町民グランドからのレスキュー隊は米国勢力によるものだった。

人道的な対処に最後まで尽力したのは米国勢だけだった。

 

 

 

欧米ばかりバッシングされる昨今です。

しかし、欧米は日本の皇室を大事にしており、これは正しいことです。

世界平和だなんだと言っている中華を中心とした連中の方がよほど残虐なのではないでしょうか。

身近な例が中華が引き起こしたJAL123便撃墜の顛末です。

これは中華による天皇陛下への武装蜂起でした。

1985年8月12日夜間には日中平和友好協会会長の加藤紘一氏が御巣鷹上空をヘリで勝利凱旋飛行し、米軍横田空域(USAのエリア51)の真ん中を中華(プレアデス中国のエリア51)が占拠したというパフォーマンスを行った訳です。

 

 

 

 

 

 

 

↓運輸省航空事故調査委員会JA8119号機JAL123便報告書より。

この報告書には米国の意向により「異常外力」が原因であることが明記されている。

 

 ↑運輸省航空事故調査委員会JA8119号機JAL123便報告書より。

この報告書には米国の意向により「異常外力」が原因であることが明記されている。

JAL123便に「異常外力」をもたらした(JAL123便を攻撃破壊した)機体は、ソ連Tu95ベアと中曽根自衛隊(イスラムイラン→日本の調査別室)ミサイルである。生存者虐殺の自衛隊部隊は小沢一郎公安警察(中国軍中国公安部習近平)であった。

米軍は、終始、救援・救助につとめたが、救助部隊や警視庁、及び、米軍最強のSR-71ブラックバードまでもが自衛隊に撃墜されてしまう事態となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<1985年8月12日の「JAL123便ソ連自衛隊核攻撃惨事(背景に中国共産党中国軍中国公安部)」> 

日航ジャンボ123便 米軍ブラックバードSR-71頭部は北緯36度0分22.2秒東経138度39分27.7秒に存在する。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/1028.html
(回答先: Re: 日航ジャンボ123便 統一教会とアメリカとの確執はJAL123便の際ソ連台湾自衛隊がSR-71等を撃墜したことに起因する)

 

 

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事(背景に中国共産党中国軍中国公安部)では、日米韓の自由勢力が大打撃を被った。

 

米軍ブラックバードSR-71頭部は、北緯36度0分22.2秒東経138度39分27.7秒に存在する。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (物語山の空の果ては御巣鷹南相木)

JUDY AND MARY
くじら12号

作詞:Tack・Yukky
作曲:TAKUYA

クラッカーとチーズとワインで
フル回転のスクリュウはグウ!!
スライダーでジッパーは弾む
灰ばっかりの空を見ている

今度こそ 手に入れたい
こぼれそうな夜が覚めてく

イミテーションのダイヤで
嘘ばっかりの恋がしたいわ
恋人がさらわれて 悪魔の城から助け出そう
抱きしめて 手に入れたい キラメク星のアイテムを

黄金色の旅人が 待ってる
物語りへ 急ごう
https://maps.google.co.jp/maps?q=%E7%89%A9%E8%AA%9E%E5%B1%B1&hl=ja&ie=UTF8&ll=36.22655,138.71089&spn=0.029911,0.061111&sll=36.226412,138.694324&sspn=0.029911,0.093813&brcurrent=3,0x601c2917cc885035:0x6e206f69e9a1f0d8,0&hnear=%E7%89%A9%E8%AA%9E%E5%B1%B1&t=m&z=14
太陽が目覚めたら あの船で行こう
よりそって 雪解けを泳ぐ くじらみたいな
まだ誰も知らない あの空の果ては
きっと 眩しすぎる ガラスの扉
ドルフィンキックでしびれてみたいな-

知らない間に誰かを
傷つけて此処まで来た事
舞い上がる水しぶきに 涙を見せない様にした
歩き出す 未来達 あたしを困らせないで

広い宇宙の真ん中で
まるで小さな石ころみたいよ Wow
歩き疲れたあたしを 待ってる
物語りへ 急ごう
https://maps.google.co.jp/maps?q=%E7%89%A9%E8%AA%9E%E5%B1%B1&hl=ja&ie=UTF8&ll=36.22655,138.71089&spn=0.029911,0.061111&sll=36.226412,138.694324&sspn=0.029911,0.093813&brcurrent=3,0x601c2917cc885035:0x6e206f69e9a1f0d8,0&hnear=%E7%89%A9%E8%AA%9E%E5%B1%B1&t=m&z=14
太陽が目覚めたら あの海へ行こう
よりそって 雪解けを泳ぐ くじらみたいな
まだ誰も知らない あの空の果ては
きっと 眩しすぎて 見えない
太陽が目覚めたら あの船で行こう Uh Yeah!
…波を越えて
ドルフィンキックでしびれてみたいな

 

 

 

 日航ジャンボ123便 米軍ブラックバードSR71それはとてもお人好しなツバメの物語 夏が過ぎたの知らずにいて凍えたツバメ  

http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/1029.html

 「救助」に参加した日本側に配布された皮肉たっぷりの記念メダル。

 

米軍横田基地に着陸しようとしていたJAL123便

 ↑運輸省航空事故調査委員会JA8119号機JAL123便報告書より抜粋。

JAL123便が横田基地に着陸しようとしていた状況である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日航ジャンボ123便 「さいたまさいたま」や「自由民主党」といったロゴは、御巣鷹山~船留の地形であり、ピカを表現している

http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/1032.html

 

1985年8月12日、日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事(背景に中国共産党中国軍中国公安部台湾客家)による、日米ユダヤ勢力への攻撃、首都圏への核汚染が発生した。

御巣鷹山(1639m)~船留(1815m)付近の地形
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/10867.jpg
は、
・「さいたま」
・「自由民主党」

といったロゴに採用され、

・マルキスト中国台湾(日本国内では公安のゼロという組織)
・イスラムイラン(日本国内では自衛隊114部隊という組織)

による、日米ユダヤ勢力への武装攻撃だということを啓蒙し続けている。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長野県北相木村へワープ飛行したJAL123便

↑運輸省航空事故調査委員会JA8119号機JAL123便報告書305ページ~306ページのLOC1及びLOC2のグラフの値が突然ぶっとんでいることから、JAL123便がワープ飛行していたことが読み取れる。

1985年8月13日の朝日新聞記事報道とあわせると、JAL123便は横須賀付近で北相木村へワープしてから茅ヶ崎沖に戻ってきたことが浮かび上がってくる。

 

 

 

 

↓ CMD2 LOC1の詳細記載が無い運輸省報告書

 運輸省航空事故調査委員会JA8119号機JAL123便報告書307~308ページではCMD1及びLOC2のグラフが重複している。CMD2及びLOC1のグラフが欠損しているので正誤表に掲載されてもよさそうなものであるが、表記が無い。

よって、

・CMD(飛行モードのオート/マニュアル) 

・LOC(ロケーション)

について議論が必要という意味で、あえて、このような表現方法をとったものと想定される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 重力低減装置で飛行したJAL123便

 ソ連TU95ベア及び自衛隊に攻撃されてからのJAL123便は重力低減装置飛行バックアップ装置で飛行していた。 

昭和60年ジャンボは絶対に落ないと言われていた。このUFO技術が墜落防止バックアップとしてSRに導入されていたからである。重心位置付近に光として銀塩フィルムに写っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 <1985年8月12日の「JAL123便ソ連自衛隊核攻撃惨事(背景に中国共産党中国軍中国公安部)」 と 2011年3月11日の「311」の日本攻撃構造攻撃構造は 中国イラン等のマルキスト 及び イスラム で同様>

「ちきゅう」号が来ると地震が起こりますが

http://www.google.co.jp/search?q=%E3%81%A1%E3%81%8D%E3%82%85%E3%81%86%E3%80%80%E5%9C%B0%E9%9C%87&rls=com.microsoft:ja:IE-SearchBox&ie=UTF-8&oe=UTF-8&sourceid=ie7&rlz=1I7RNWE_jaJP310&redir_esc=&ei=Pqq7T-CuFY2PiAfH9pGPCQ

 

「ちきゅう」の様子

http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/021/709/01/N000/000/000/130304516076516215771_chikyu.jpg
を見ますと、「ちきゅう」で人工地震の素を埋設しているのは、ロシア近辺ステップ草原のマルキスト民族であることがわかります。

ロシア~中央アジア~イラン 付近に見られる人種の白人です。

 

「白人」というと、米英を連想しがちですが、米国はトモダチ作戦のように日本を支援し、北米大陸も汚染を被っており辻褄が合いません。

 

なぜ、日本の「ちきゅう」を中央アジア人が操っているのでしょうか。

実は、ロシアステップ平原のマルキスト遊牧民(中露台湾イラン等アジアフリーメーソンマルキスト)が
http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/021/709/01/N000/000/000/130304516076516215771_chikyu.jpg
のように、「311」を仕掛けていたことになります。

 

確かに、ロシアは大産油国
http://www.google.co.jp/search?q=%E5%8E%9F%E6%B2%B9%E3%80%80%E5%A4%A9%E7%84%B6%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%80%80%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%80%80%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3&rls=com.microsoft:ja:IE-SearchBox&ie=UTF-8&oe=UTF-8&sourceid=ie7&rlz=1I7RNWE_jaJP310&redir_esc=&ei=R667T8vYBpHImQWxxJysCQ
で、人工地震の素を埋め込む掘削技術も有しており、イランの天然ガスも開発していますが、まさか、イランの連中が日本の「ちきゅう」を操って人工地震攻撃しているとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事(背景に中国共産党中国軍中国公安部)後、御巣鷹界隈は中国ロシアに占領されたままである。


御巣鷹界隈を占拠しているのが東京電力(中国台湾企業)神流川発電所だ。
上野ダムと南相木ダムによる神流川発電所は「47万キロワット」である。

中国支配を象徴する47万キロワットという数字に設定している。

御巣鷹の神流川発電所は今年、94万キロワット(公称)に増設完了となる。


しかし、
水力発電所としてのダムの大きさはいかがなものだろうか。
南相木ダムの貯水量は、黒四ダムの12分の1程度だ。
黒四ダムが33.5万キロワットだから南相木ダム神流川発電所は、水力発電所としては3万キロワット程度がせいぜいである。

 

ところが
南相木ダム神流川発電所の出力は94万キロワット。
桁違いにおかしい大出力だ。

 

実際には、
中国支配の御巣鷹山地下原発(100万キロワット級×3機)がイセ岩付近の地下に存在し、スカイツリー(中国版バベルの塔)チップマインドコントロール用の大電力を御巣鷹から送電している。

 

中国台湾ロシア支配の元凶となっているのが神流川発電所の御巣鷹地下原発(100万キロワット級×3機)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「3本の矢」とは、3つの岩船の宝のこと

「三本の矢」という呼称自体は2006年時点で第1次安倍内閣の中川秀直自由民主党幹事長がはじめて使用した。

これは、もちろん、3つの岩船の宝
・岩船燃料
・岩船の鍵
・岩船物質
のことである。

ちびまるこちゃんオープニングにも示されている。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天皇陛下がおっしゃっれておられる「平和」が、平和なのであって、現在の平和団体の言う「平和」は、天皇家をなきものにするという意味で全く異なります。

例と致しましては、JAL123便の件が挙げられます。
昭和天皇陛下は、昭和63年8月13日に、日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事で多くの生存者が公安主導で切り刻まれ虐殺されたことについて悔しかったことについて表現されておられます。
「やすらけき 世を祈りしも いまだならず くやしくもあるか きざしみゆれど」
要は、
天皇陛下のおっしゃられる「平和」は、世界人類が平和であることという、普通の平和なのです。
天皇陛下と「米国戦争屋」は一体ですから、米国戦争屋こそが人類平和に貢献してきたことになります。戦後40年が日本に良い時代だった理由は、天皇陛下と米国戦争屋が日本で主導権を握っていたからです。

 

対して、

平和団体の言う「平和」とは、検察警察官僚の言う平和な訳です。一見、良さそうに見えますが、JAL123便で生存者を虐殺したようなことが、平和団体の言う「平和」であることは要注意です。バックにはソ連KGBがいる訳です。
「平和」を装う、反天皇家の勢力が、JAL123便クーデターを主導したのです。
そして、

失われた時代と呼ばれる、日本人に不幸な時代が続いている訳です。ソ連の大粛清時代や中国の文化大革命時代が、日本で発生している訳です。

 

解決策といたしましては、
米国戦争屋と天皇陛下が主導権を握るような日本に戻せば良いのです。

 

 

 

 

戦後40年、日本に豊かな時代を押し付けてきたのは横田幕府な訳です。これが、1985年8月12日の日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事で敗れましたので日本は失われた時代となっております。

横田基地に日本の防衛省長官が訪問した際に、Welcomeのはずがsayonaraと表示したのも、横田幕府の日本内調(警察検察官僚公安)に対する意志のあらわれです。
JAL123便ソ連自衛隊核攻撃惨事の際、日本人を救出しようとまともな人間らしい動きをしたのは米軍のみであったことが高天原の型であることは未だ重要です。

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
<付録ここから>
izaブログサービス終了とのことで、社会物流混乱時に有益な情報を少々掲載させていただきます。
 
極めて生体活性度の高い宇宙物質(岩舟隕石)を体内に取り込めば、多少の地球物質による汚染等は大丈夫である。
例えば、
日航ジャンボ123便御巣鷹の尾根上部にはX岩と名づけられた岩がある。これは、惑星X二ビル岩である。古代二ビル岩船の一部であるが、成長に時間がかかるとされる岩茸が短時間に成長促進繁茂しておりソマチッドの性質が極めて強力であることが伺える。
例えば、このX岩を漬物石に使えば、汚染状況下でも健康が維持されるばかりか、食べられないとされている雑草も食べられるようになる。
皇太子様が登山された沼津アルプスも宇宙活性物質である。海水で沼津アルプス付近にて漬物をつくると食料と塩水飲料の確保が可能である。付近の、らららサンビーチには放射能にエレメントを持つ性質の珊瑚が白砂として搬入されており、付近の生態系に、このエレメントが広がりをもっている。学習院の遠泳が近隣で行われるのも地球物質による汚染に対し有益なエレメントを獲得するためである。
 
米軍基地周辺は公式データでも汚染度が少なく、中ロに占領された日本の領域で汚染度が高いのは、昭和60年8月12日のJAL123便当時と同じく、米軍が日本人の救助にあたり、中ロ台(官房機密費の半分で運営されている公安のゼロ自衛隊114部隊)が日本人殺しをしている状況と全く変わらない。
 
 
 
 
漬物の底に沈めておくと良い宇宙由来岩舟物質(漬物用宇宙隕石)を無償で頒布しております。
123ja8119@gmail.com
までメールにてご用命ください。
 
岩舟宇宙物質を漬物石に使って漬物をつけてみてはいかがでしょうか。 
コツは、 
・底に、岩舟物質を入れます。 
・底に、黒砂糖をたっぷり入れます。 
・底に、高放射能のきのこを入れます。 
・野菜は、はじいたような、質が悪いものを使います。悪ければ悪いほど適切です。 
・上部には塩を雪がつもるようにふりかけます。専売公社の最安の塩で良いです。漬物石の岩舟物質にも塩をかけておくことが肝心です。 

そうしますと、 
岩舟物質ときのこから、放射能汚染等、 
汚染を乳酸菌が食べるという性質(エレメント)が伝わります。 
すると、 
放射能等の汚染物質を体内で食べる性質の乳酸菌液ができます。 
この、 
乳酸菌液を希釈して飲用すると、多少の地球物質による汚染は問題なくなります。
<付録ここまで>
 
 
 
中ロ警察公安検察に弾圧される天皇家
 中ロ警察公安検察に弾圧される天皇家
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2012年02月12日

日航ジャンボ123便 群馬県上野村には「統一教会お断り」の宿がある。内情をよく知るフリーメーソン所属

1985年8月12日の日航ジャンボ123便核攻撃惨事は、ソ連台湾マルキスト+自衛隊及び中共中国公安部の暗躍であった。
天皇陛下に対して中国のみがおかしいことからも自明である。

にこやかなご表情


にこやかなご表情
 

お不愉快なご表情



かたいご表情



 

元締めは、具体的には顔も名前もロシアステップ平原の部族↓

http://www.youtube.com/watch?v=HHrriKgJoCQ

(一二三神示では「オロシヤの悪」と表現されている部類の方々)

そもそもが、ユダヤイスラエルを、ロシアステップ平原のマルキストが支配していることが根本的問題。(例えば、イスラエルが叩くべきマルキストイランとの戦争をしないという。イスラエルのロシアステップ平原マルキスト遊牧民化が露呈している。http://www.j-cia.com/article.php?a=7778

「イスラエルは、突然米国内のユダヤ右派ロビー団体を批判し始めました。もしかしたら、イスラエルは米国と段階的に手を切るかもしれません。」)
 

この、ロシアステップ平原のマルキスト遊牧民が人間牧場を影で操っている。遊牧民族なので、人間牧場支配をしようとする。

対抗しているのは、ユダヤ米軍のみである。

 

現代版ポグロムは白人黒人関係なくユダヤ民族が襲撃されるのが特徴。

統一教会(統一ロシア配下マルキスト)が皇国日本ユダヤアメリカに対するアパルトヘイト弾圧を行なっている。http://www.youtube.com/watch?v=2JJJpRx3UmQ&feature=related

 http://www.youtube.com/watch?v=n0gh9wvQjmU 2011年の「311」以降では「中華ナチス」によるファシスト台頭というかたちで目に見えるうねりとなってきている。核汚染ガレキを各地で焼却して、二次汚染により皇国日本ユダヤ米国を、核攻撃する政策を日本に行なわせているのは、中台露ポグロム勢力。(中国公安部 中国のエリア51)

 

 

日本には中国公安部が徘徊暗躍しており「公安のゼロ」と呼ばれる。日米欧派を弾圧するマルキスト部隊である。
しかし、
この中国公安部「公安のゼロ」を取り締まる権限が日本の警察公安には無い。(

日中記者交換協定同様のカラクリ)

 

現場の警察官の間でも
「公安のマル」
との呼び名で、取り締まれない連中として問題視されている。

 

例えば
米軍関係者の不祥事等はことの他盛大に報道等されるが、
中国公安部が何をしようと、日米には取締りの権限すら無い。

JAL123便核攻撃惨事が隠蔽され続けているのも、中国公安部マルキスト部隊が中心的に関与していたからである。

 

JAL123便核攻撃惨事の際、全面的に天皇陛下側を支援、多大な犠牲も払った米国に対する温和な陛下と、

裏天皇と共に事態を画策した中国界隈に対する陛下の「ご不愉快なお表情」 

http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhb612.html
 

 

↑米国「サクラメント」にてJAL123便関連記事。ロシア正教会における機密(サクラメント)を意味し、ソ連軍機の関与(自衛隊+ソ連)が示されている。

 

 

2012年5月16日に「赤報隊」から朝日新聞に脅しがあった

http://sitesearch.asahi.com/.cgi/sitesearch/sitesearch.pl

が、↓のような正しい報道をするとロシアステップ平原のマルキスト遊牧民から圧力がかかるのだ。

 

 

↓「JAL」が「AL」に。しかも、プロペラ機のブレードでプレスされた痕跡。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 JAL123便付近が光った高天原山蟻ヶ峠南相木村側(長野県側)付近の水が首都圏側に排出されている。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/870.html

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 JAL123便付近が光った高天原山蟻ヶ峠南相木村側(長野県側)付近では岩が乗客型に彫刻された状態。 )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 群馬県上野村には「統一教会お断り」の宿がある。内情をよく知るフリーメーソン所属の石屋の経営者の方。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/849.html

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 JA8119号機はジャンボSRの「3号機」ということも重要。フリーメーソンが「龍の連合」に敗退した )

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
群馬県上野村のフリーメーソン所属の方が経営する、とある旅館では「統一教会お断り」である。
現地事情に通じた石屋の経営者の方の宿であるが、JAL123便に関連して、「統一教会お断り」になったそうである。

 

<参考>日航ジャンボ123便 日米の、暦は、「赤口」→赤ロシア→ソ連 「先勝」→勝共連合→台湾 ここでもソ連と台湾が出てきます。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/847.html
日航ジャンボ123便 「占いやオカルト」で分析して符合しているようなら、それは「占いやオカルト」を行動主体とする結社だ
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/848.html

 

<以下参考>勝共連合は、統一教会、旧日本軍(自衛隊114)  アメリカから寝返った勝共連合


世界勝共連合:犯罪の国際主義
テロリズム「世界勝共連合:犯罪の国際主義」パリ(フランス)2005年1月20日
http://www.reseauvoltaire.net/article13873.html

蒋介石、文鮮明師およびナチや日本の戦犯たちによって台湾で発足した世界勝共連合(WACL)は、最初にニクソンによって東南アジアからラテンアメリカにかけての反乱に対抗する手段として使われた。7名の国家指導者がその会議に参加した。後になって、レーガンの時代に再び活力を得て、冷戦中に米国の軍産複合体とCIAの道具と化した。彼らは政治的な暗殺とあらゆる紛争地域での対ゲリラ勢力の形成に携わった。紛争地域にはアフガニスタンも含まれるが、ここではオサマ・ビン・ラディンによって代表されたのである。


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第2次世界大戦の終了に及んで、米国の諜報機関はナチ、ファシストそしてウスターシ【クロアチアのファシスト:訳者】を反共ネットワーク創出のために使った。これがステイ・ビハインドである[1]。将来のNATO諸国の中でリクルートされた諜報員たちが秘密にされなければならない以上は、逆に、ソビエトのコントロールの下に置かれた国々の諜報員たちはその活動が表ざたにならざるを得なかった。その結果、西側へ移動する東側出身の諜報員たちによる協調行動のために、1946年に一種の国際団体が作られた。これがAnti-Bolshevik Bloc of Nations(ABN)である。


ウクライナ、ハンガリー、ルーマニア、クロアチア、ブルガリア、スロバキア、リトゥアニアなどのファシストたちはヤロスラフ・ステツコ(Yaroslav Stetsko)の指導の下に会議を開いた。ウクライナでの対占領軍事協力者の元リーダーだったステツコは1941年6月2日にルフォフ(Lvov)で犯された700名の虐殺――大半がユダヤ人だったが――の責任者だったと考えられている。


その8年後、朝鮮戦争休止時に米国はインドシナでフランスに取って代わった[2]。アイゼンハワー大統領は、USSRと中国に対抗するために動員される地域防衛システムを確立した。1954年9月8日にNATOをモデルにして、オーストラリア、ニュージーランド、パキスタン、フィリピン、タイ、英国そして米国によってSEATOが作られ、12月2日には米国と台湾の間で相互防衛条約の締結が完了した[3]。


これに並行して、CIAがアレン・ダレス(Allen Dulles)の指揮の下で、これらの国々の諜報機関員を組織化させこの地域の反共主義政党間の接触をはかる一つの組織を確立させた。こうして蒋介石(Chiang Kai-shek)の元に建設されたのがAsian People’s Anti-Communist League, APACLである。


台湾の総統である蒋介石に加えて、APACLはそのメンバーとして、後に韓国大統領となる朴正■(Paek Chun-hee)、戦犯の一人で富豪となり日本の自由民主党の資金を支えた笹川良一、さらに統一教会の文鮮明(Sun Myung Moon )師[4]を数えた。またAPACLのメンバーにはプラファム・クラピチティール(Prapham Kulapichtir)将軍(タイ)、フェルディナンド・マルコス(Ferdinand Marcos)大統領(フィリピン)、ソパサイノ(Sopasaino)殿下(ラオス)[5]、ド・ダン・コン(Do Dang Cong)大佐(ベトナムのグエン・バン・チューNguyen Van Thieu大統領の代理)などが含まれている。


APACLは、後のCIA台湾支部[6]の責任者レイ・S.クライン(Ray S. Cline)の総合指揮の下にあり、雑誌The Asian Bulletinを発行、その編集は、後にHeritage財団[7]のアジア支部の責任者となるマイケル・ラサター(Michael Lasater)の負担になるものであった。


[WACLの創設]
1958年以来、ABNの総裁は台北でAPACLの年次総会に参加した。クラインとステツコは台湾のthe Political Warfare Cadres Academyを視察した。これは反共主義的鎮圧のために蒋介石政権の軍隊に訓練を行う教育機関である。


この学校は米国のthe Psychological Warfare Center of Fort Braggとパナマにあるthe School of Americas[8]のアジア版である。CIAは次第に、政治家グループと反乱鎮圧の指導者たちによる世界レベルの組織網を作っていった。1967年にABNとAPACLは合併し、世界勝共連合(World Anti-Communist League、WACL)が名乗りを上げた。そしてその活動を『自由世界』の連合へと広げていった。その新しいメンバーの中に、第2次大戦の間に作られたメキシコのファシスト組織で「王たるキリストの軍団(Legion de Cristo Rey)」とも呼ばれるロス・テコス(Los Tecos)がある。この連合は、73~75年のリチャード・ニクソンとその治安参謀ヘンリー・キッシンジャーがホワイトハウスを牛耳るときに、最初の最盛期を迎える。


その機能は統一教会を通して気前の良い保証を受けた。しかしこの事実は1975年まで公式に認知されていた。文鮮明師はその後この連合との関係が崩れたと主張するが、その日本人の代弁者である久保木修己の後ろで指導力を発揮し続けていたのだ。


フェニックス計画(1968~1971)とコンドル作戦(1976~1977)に適用されたWACLの役割には、東南アジアやラテンアメリカで共産主義のシンパであると疑いをかけられた何万人という人間の殺害が含まれている。それは今日に至るまで実態が明らかにされていない。


フェニックス計画はおそらくベトナムで、後にWACLの総裁となるジョン・K.シングローブ(John K. Singlaub)将軍のthe Joint Unconventionnal Warfare Task Forceによって適用されたはずである。しかしながらシングローブはこの計画との関連を常に否定し続けていた。


一方では、1971年~1978年にボリビアに独裁政治をひいたウゴ・バンセール(Hugo Banzer)は、WACLのラテンアメリカ部門を率いた。バンセールは1975年に野党である共産主義者たちを肉体的に抹殺する計画を立てた。このバンセール計画は、1977年にアスンシオンで、パラグアイの独裁者アルフレド・ストロエッスネル(Alfredo Stroessner)将軍の主宰で行われたラテンアメリカWACL会議の中で、続行すべきモデルとして紹介された。同様に、ラテンアメリカ各地で解放の神学を唱えるあらゆる僧侶と信者の抹殺を進めるための動議が、パラグアイ支部によって提案され1978年のWACL世界大会によって採用された[9]。


同時にまた、この期間に欧州に衝撃を与えた緊張の戦略(Strategy of Tension)の中で、WACLの役割は明確な科学とも見なされない【意味不明瞭。原文tampoco se conoce a ciencia cierta:前後の段落の内容から考えて「正確に知ることができない」というような意味か、フランス語からの翻訳の際に起こったミスではないか、と思われる:訳者】。”新秩序”の創始者でフランス人のフランソワーズ・ドゥプラッ(Francois Duprat)、MSIの創始者でイタリア人のジョルジョ・アルミランテ(Giorgio Almirante)、CEDADEの創始者でスペイン人のヘスス・パラシオ(Jesus Palacio)、”国々のサークル”の代表であるベルギー人のパウル・ヴァンケルホヴェン(Paul Vankerhoven)、そして同様の他の者たちがWACLの活動家となった。そして、イタリアでテロリストとして指名手配されたステファノ・デレ・チアイエ(Stefano delle Chiaie)[10]を非合法に連れ去り、ウゴ・バンセール政権のボリビアに送ったのはこの連合だった。そこで彼はすぐにクラウス・バルビー(Klaus Barbie)の補佐役に指名された。暗殺隊のトップとしてである。


またレバノンの戦争でWACLが果たした役割に触れる記録文書もほとんど無い。後に、1975年にこの紛争が勃発する1週間前に、元大統領のカミレ・シャモウン(Camille Chamoun)のキリスト教民兵の関連組織に傭兵を雇ったことが明らかになる。


1977年にホワイトハウスに入ったときに、ジミー・カーターは前任者たちの汚い行動を終わらせようと願った。そして海軍大将スタンフィールド・ターナー(Stanfield Turner)をCIA長官に指名し、ラテンアメリカの横暴な政府を抑えることに努めた。これはWACLにとって困難な時代だった。そのメンバーから出資を受けることをあきらめなければならなかったからだ。これはやがて反カーターの動きを作る。より都合の良い時代を準備し、当然のごとく米国最大の反カーター組織、the National Coalition for Peace Through Strengthとの関係を確立した。


この反対派の急先鋒はアメリカ保安委員会(American Security Council)に由来するものである。それはアイゼンハワー大統領が『軍産複合体』という用語と共に考案したものであった[11]。その共同責任者は、ジョージ・H.ブッシュとともにチームB[13]と呼ばれるパイプス委員会の中でソビエトの脅威を再登場させたダニエル・オグラハム(Daniel O’Graham )将軍[12]、およびジョン・K.シングロウブ将軍であった[14]。


この連合の数多くの責任者たちがロナルド・レーガンの選挙戦用の組織に絡んでいた。彼らの大部分にとってこのカリフォルニアの共和党の指導者とは無関係ではなかった。実際に第2次大戦終結時に、レーガンは自由十字軍(Crusade for Freedom)のスポークスマンとして、共産主義から逃れてきた東欧出身の移民たちを米国に定着させるための資金集めに参加していたのだ。それは実際にはABNメンバーであるナチ、ファシスト、ウスターシたちを移住させることであった。副大統領のジョージ・H.ブッシュも良い友人であった。彼はCIAの守護神としてコンドル作戦の長であったのだ。


[WACL黄金時代]
ロナルド・レーガンとジョージ・H.ブッシュがホワイトハウスに登場して以来、WACLはかつての活力を取り戻し発展を続けた。以前からの人脈はその成果を現してきた。米国の軍産複合体は、世界自由委員会(Council for World Freedom, USCWF)の名称の下にWACL米国支部創設の財源提供に努めた。ジョン・K.シングロウブ将軍がこれを指導しダニエル・オグラハム将軍が副委員長となった。しかし実際の狙いはそうではなかった。軍産複合体はWACLの権力を我が物にし世界の反共弾圧政策の中心的な道具に作り変えた。シングロウブはこうしてWACLの総裁になった。


[連合があらゆる前線で活躍]
アフガニスタンでのソビエト勢力と戦うために、アメリカ保安委員会[15]はWACLのそれに関する部門に資金を提供した。ヘリティジ基金に本部を置く自由アフガニスタン委員会(Committee for a Free Afghanistan)である。この作戦は、マーガレット・サッチャー、およびMI6の長ニコラス・ベセル(Nicholas Bethell)卿の米国公式訪問を期に開始し、J.ミルノール・ロバーツ(J. Milnor Roberts)将軍がその指揮を取った。


この委員会は直接に『自由のための闘い』への軍事的援助に参加した。それはCIA長官ウイリアム・ケイジー(William Casey )[16]の決定によって実現し、オサマ・ビン・ラディン[17]によって運営された。公開されるビン・ラディン・グループのサウジ拠点での協力者であるアーメド・サラー・ジャムジョオン(Ahmed Salah Jamjoon)長老および一人の南イエメンの元首相が、WACLとこのサウジアラビア資本家の子弟とのつながりを作り上げたのだ。[18]


フィリピンでは、WACLを代表したのがフェルディナンド・マルコスである。しかし1986年に彼が失脚すると、ジョン・K.シングロウブとレイ・クラインは新しい相談者を作りに現地へ赴いた。彼らはそこで反ゲリラの議員組織を作り、フランク・カールッチ(Frank Carlucci )[20]、ジョージ・H.ブッシュ、およびビン・ラディン家の友人であるフィデル・ラモス(Fidel Ramos )将軍[19]に目星をつけた。


ニカラグアではサンディニスタ革命と戦うために、WACLは、コスタリカにあるジョン・ハル(John Hull)の所有地に後衛基地を置きアルゼンチン人の教官を配置した。連合は同時にホンジェラスで参謀長官のグスタボ・アルバレス・マルティネス(Gustavo Alvarez Martinez)将軍によって提供された施設を利用した。この将軍は人権主義的な装いで隠蔽した国際難民救済団(Refugee Relief International)を利用しながら傭兵を雇っていた。


グアテマラでは国民自由運動のリーダーマリオ・サンドバル・アラルコン(Mario Sandoval Alarcon)がWACLに参加した。サンドバルは1974~1978年の副大統領であり、大統領のロメオ・ルカス・ガルシア(Romeo Lucas Garcia)が操り人形でしかなかったのだが、この国の本物の主人であった。サンドバルは5年間に1万3千人以上を殺した暗殺団を組織した。


エルサルバドルではWACLは、台湾の軍事学校で教育を受けグアテマラからの援助に支えられたロベルト・ダウブイッソン(Roberto d’Aubuisson)を支援した。ダウブイッソンは後に、この地域のCIAにあたるANSESALの総裁、および極右準軍事組織である国家共和主義党(ARENA)のリーダーとなった。同時に暗殺団を組織してオスカル・ロメロ(Oscar Romero)大司教を殺害した。


しかしWACLの成功はその転落をも促した。1983年に国防副長官のフレッド・C.イクレー(Fred C. Ikle )[21]はペンタゴンの中に8名の専門家からなる一つの秘密委員会を作った。自由防衛のための委員会である。その委員長はジョン・K.シングロウブ将軍であった[22]。この委員会が、ニカラグア、アンゴラ、エルサルバドル、ベトナムの拡張を吹聴するモデルとして、アフガニスタンへの隠密の侵略を作り上げた、と言われている。しかし彼らの行動の詳細に関する証拠文書書類は十分ではない。


1984年にロナルド・レーガンは、イランゲートヘの私的な出資の責任を、この連盟とジョン・シングロウブの個々の手に預けた。この事件は国家防衛委員会のオリバー・ノース(Oliver North)大佐の直接の指揮の下で行われたものであった。1987年、このスキャンダルの暴露がWACLのすべてをなぎ倒し解体させたのであった。


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【注釈】
[1] ”Stay behind :Las redes estadounidenses de desestabilizacion y de injerencia” (Thierry Meyssan,Voltaire, 20/06/2001:スペイン語)を参照
http://www.redvoltaire.net/article5.html

[2] フランス軍は1954年5月7日のデン・ビエン・フーの戦闘で敗れた。

[3] その一方で1955年1月29日に議会はアイゼンハワー大統領に対して、共産主義者による攻撃が起こる場合には台湾を防衛する戦争に突入する承認を与えた。

[4] ”Reverend Moon : le retour”(Voltaire, 26/03/2001:フランス語)を参照。
http://www.reseauvoltaire.net/article7830.html

[5] ソパサイノ殿下はラオス議会副議長であったが、1971年4月23日にオルリ空港でフランス当局に逮捕された。荷物の中に60kgのヘロインを隠し持っていた。

[6] Ray S. Clineは朝鮮戦争の最も過激な見解を聞かせたアナリストであった。1958~1962年にCIA台北支局の責任者。彼の表の姿はthe US Naval Auxiliary Communications Centerの責任者だった。後にコチノス(Cochinos)湾の失敗で引き起こされた人事異動のおかげでCIA副長官になった。著書に Secrets, Spies and Scholars(Edotirial Acropolis Books, 1976)がある。

[7] Michael LaseterはElizabeth ClaireのChurch Universal and Triumphant(CUT)の第一責任者であった。70年代の半ば、この教団はカリフォルニアの本部に軍隊用の武器が発見されるスキャンダルに見舞われた。責任者の一人は80年代にアフガニスタンのWACLの代表幹部に指名された。

[8] The School of Americasはその後米国のFort Benningに移転した。我々のネット資料ページには1947~1996年のこの学校の学生の完全なガイドがある。(フランス語)
http://www.reseauvoltaire.net/rubrique366.html

[9] この作戦はアルフォンソ・ロペス-トゥルヒーヨ(Alfonso Lopez-Trujillo)神父の協力で行われたように思える。彼は後にラテンアメリカ教会会議(CELAM)の理事長となった。【この神父はオプス・デイと深い関係を持つ:訳者】

http://www.redvoltaire.net/article3393.html
http://www.reseauvoltaire.net/article13765.html

posted by ja8119 at 03:24| 指定なし | 更新情報をチェックする

2012年01月04日

ソ連キリル文字で До  свидания(さようなら) と書いた残骸がJAL123便報道写真中に。

 

 

 

 

 [12]Daniel O’Graham中将は他の諜報局員との連携を担当するCIAの副長官(1973~74)だった。後にDIA長官(74~76)になる。アメリカ保安委員会の執行部長で、『スター・ウォーズ』計画の最大の擁護者の一人だった。High Frontierを設立し、1995年の彼の死までそれを主催した。

 [13] 1975年に極右団体がCIAを共産主義者の潜入者によって侵されており赤の脅威を減少させていると非難した。フォード大統領はそこでジョージ・H.ブッシュをCIA長官に指名しチェック体制を任せた。リチャード・パイプス(Richard Pipes)は、軍拡路線の再建を正当化する警告の通知を発行する『チームB』を作った。今日では、パイプス委員会が軍産複合体に市場を開くためにデータを故意に改ざんしたことが知られている。このテーマについては”Los manipuladores de Washington”(Thierry Meyssan、Voltaire, 11/01/2005:スペイン語)および”Daniel Pipes, expert de la haine”(Voltaire, 05/05/2004:フランス語)を参照。

[14] John K. Singlaubは第2次大戦中はOSSの局員であった。日本に対して蒋介石の国民党ゲリラを作った。朝鮮戦争の間はCIA支局の責任者であり、後にベトナム戦争の間には、グリーン・ベレーを率いた。その後Fort Benningで対ゲリラ戦を指導。退職後はアメリカ保安委員会の訓練責任者となった。やがてWACLの総裁となる。

[15] 1984年から民主主義国家基金がこの委員会に資金を送った。これは後に、アフガニスタンでの彼らの政治目的に都合の良い人道的組織が受け取る資金の一部へと引き継がれていく。特にベルナール・コウチネル(Bernard Kouchner)の国境無き医師団である。

[16] 米国はアフガニスタンを意図的に不安定にした。しかしモスクワの軍事的な反応の大きさは予想しなかった。ワシントンはそこでこの戦争に加わらせるために同盟国を動かした。それはアフガニスタンの『自由』という目的ではなく、ソ連がアラビア海までの道を所有することを防ぐためである。

[17] 1983年にWACLはオサマ・ビン・ラディンの顔をシャツに印刷し次のような説明を添えた。『アフガニスタンの自由の戦士を支援せよ。彼はあなたのために戦う。』

[18]  オサマ・ビン・ラディンはしたがってイスラム信者として紹介されたのではなく、対ソビエト戦に米国と共に参加するために、サウジアラビアの諜報機関の長官であるトゥルキ(Turki)王子によって選ばれた反共商売の人物として、であった。ビン・ラディンは当初は『自由の戦士』を必要とする諸機関の設立に専念し、その後それに合流する外国人のムジャヒデシンたちの補給を担当した。オサマ・ビン・ラディンは彼らの上でその権威を確立するためにその後にイスラム教徒に変身しただけである。

[19] Fidel Ramos将軍は1992年に大統領に選ばれた。1998年、彼の統治の後にカーライルグループに入った。”Le Carlyle Group, une affaire d'inities”(Voltaire, 09/02/ 2004:フランス語)を参照。
http://www.reseauvoltaire.net/article12418.html

[20] ”L’honorable Frank Carlucci”(Thierry Meyssan, Voltaire、11/02/2004:フランス語)を参照【Url不明:訳者】

[21]  Fred C. IkleはペンタゴンでCaspar Weinbergerのナンバー2であった。この冷戦の歴史に残る戦士は実際にはthe Center for Security Policy (CSP)、the Project for a New American Century (PNAC)のメンバーであり、Smith Richardson Foundationの管理者であった。

[22] この委員会には Harry AderholtとEdward Lansdale両将軍がおり、大佐のJohn Waghelstein、Seale Doss、 Edward Luttwak、少佐のF. Andy Messing Jr、Sam Sarkessianがいた。

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【引用元】阿修羅掲示板「 世界勝共連合:犯罪の国際主義(レッ・ボルテール:全訳)」より

http://www.asyura2.com/0502/war67/msg/837.html

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 車窓写真「8枚目」は、伊豆下田ペリー艦隊来航記念碑の真上付近を超低空飛行。乗客小川様が右側を撮影。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/933.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 01 日 21:56:19: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便  投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 24 日 03:34:27)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
乗客小川様が機内右側車窓を撮影された写真
「8枚目」

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7697.jpg
には、伊豆下田のペリー来航記念碑の真上付近を超低空飛行で飛行した状況が写っている。

伊豆下田ペリー来航記念碑真上より、道の駅開国下田みなと(現在の新施設名称)方面が写っている状況である。

 

 

 

 

 

 

 プーチンの青あざの件を忘れていましたが、
「ロシア+自衛隊」
に反対したため、日本の裏政府八咫烏に暴行されたようです。

 

ロシア+自衛隊 による日本攻撃は、1985年8月12日の日航ジャンボ123便で見られた構造です。

 

1)2010年10月28日のプーチンの青アザ
柔道有段者でタフガイのイメージのプーチンですが青アザを作るとはいったいどんなバトルがあったのでしょうか? 実は、その前日にはプーチンは八咫烏と会っていたといい、その話の内容は、ロシアのオウム真理教(アレフ)を武装化させた上で日本に導く計画に反対した為に殴られたというが、、、(滝汗)。武装したオウム真理教は自衛隊と一緒にクーデターに合同で参加し、その後は政権から排除の憂き目となる。クーデターにより日本は軍事独裁政権を確立して第三次世界対戦に参入を目指すのだというが、、、日月神示の「北から来るぞ! 北に気を付けろ!」というのがこの内容なのか? いやこの言葉から妄想した内容に過ぎないと見ているのだが、、、、

■整形?パンチ?プーチン首相の青あざに憶測飛び交う
http://www.afpbb.com/article/politics/2770545/6382818

 

 

  

 

 

日航ジャンボ123便 JAL123垂直尾翼欠損状況と、ソ連軍機Tu-95ベアブレードがぴたりと一致している。えぐった状況
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/830.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 08 日 19:51:50: aijn0aOFbw4jc

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根はノアの方舟をひっくり返した地形である。古代燃料の「燃える砂」が山体にあって然りである
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak42/msg/932.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 06 日 21:24:05: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 分子結合が緩やかになり、空間の静電場の形に、形作られている。 低温でである。 投稿者 愉快通快 日時 2010 年 10 月 06 日 23:51:07)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
googleアースで見たりすると、御巣鷹の尾根というのはノアの方舟が転覆したような地形だなあ、という所感が持たれるのである。

御巣鷹の尾根 昇魂の碑 奥のX岩手前に当時から謎の木がある。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7239.jpg
不思議な表面となっている。

古代遺跡等を調べてみたところ、考古学者 ロン・ワイアット氏のHPより、
http://www.wyattmuseum.com/
http://www.youtube.com/watch?v=Ncp2Tjvj8EU&feature=player_embedded
古代燃料である、燃える砂が溶けた状態で木にへばりついていると観察される。

実際問題として、具体的には、電子レンジに入れてガスを燃やす形態で使う。
JAL123便の際は、自衛隊のデュートロン核(サムライサージ)により、古代燃料が燃える条件が整ったと分析できる。

御巣鷹の尾根周辺では、1985年8月12日夜間に、あちらこちらで地面が光っており、古代燃料が溶融したりしていたものと想定すると辻褄が合う。


<参考>日航ジャンボ123便 光っていた御巣鷹の岩「緑の灯の 御巣鷹の岩 幻想的」 お隣、川上村水晶洞博物館で緑に光る石が展示中
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/718.html
日航ジャンボ123便 光で攻撃されると蛍光を発する宇宙由来の生命体細胞がインドの赤い雨から検出された。御巣鷹の尾根も隕石

http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/910.html
日航ジャンボ123便 「炎上していた」とされる部分は光って映っただけ。実際の現場写真からも全く焦げてもいない。プラズマテ

http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/591.html
日航ジャンボ123便 生存者落合由美氏「夕方の感じなのです。」 闇夜のスゲの沢が、それほど暑くもないのに光っていたのです

http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/908.html
日航ジャンボ123便 三保の東海大学博物館に「緑色に光る石」が展示してありました。 御巣鷹で光っていたのと同じ色でした。

http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/867.html
 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 1985年8月12日夜に光っていた秩父側のガク沢上流部には、古代岩船燃料の燃える砂が多数存在する。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak42/msg/934.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 07 日 13:25:21: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根はノアの方舟をひっくり返した地形である。古代燃料の「燃える砂」が山体にあって然りである 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 06 日 21:24:05)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
8月12日夜間には少し離れた秩父側のガク沢上流付近も光っていた。

これは、古代岩船燃料の「燃える砂」の鉱脈が存在することを示している。
現在は、大規模な砂防ダム群となっている。
しかし、台湾客家民族に占拠されている状況である。


<参考>日航ジャンボ123便 埼玉県大滝村(現秩父市)で光っていた場所には、現在、異常とも言える門数の大規模な砂防ダム群が。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/911.html
日航ジャンボ123便 マルキスト台湾マルクス主義ソ連、が天皇日本ユダヤアメリカに攻めてきたのがJAL123便であります。

http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/727.html  

 

 

 

 

 

 

「セタカガメ」が日航ジャンボ123便に関わる。

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、

「背高亀」の関わりが大きい。

 

御巣鷹の尾根スゲの沢の、

アメリカ運輸安全委員会委員長ジムバーネット氏石碑「スゲの沢のささやき」付近には、「セタカガメ」に酷似する焼失地点が1985年8月13日の早い時間の各報道写真に記録されている。

 

要は、背高亀をめぐる攻防があったということになる。

 

具体的には、セタカガメはスッポン料理等で不老不死の無病息災長寿薬として珍重される。

スッポン料理といえば、中国台湾である。

 

野蛮な中国台湾暴力団が、ソ連及び自衛隊と共に、JAL123便に攻め入った状況である。

 

<参考>アメリカ運輸安全委員会委員長ジムバーネット氏「こんなことを二度と起こさせまい」

日航ジャンボ123便 ジムバーネット氏「こんなことを二度と起こさせまい」(アメリカ側の責任者がこのように述べています。)
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/176.html

 

 

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、

JAL123便が攻撃された直後のCVRの背景に、
モールス信号が読み取れる。
これは、
「F7H」である。
意味は、フリーメーソンが攻撃され危機に陥ったので結集結束を呼びかける、ということだ。

フリーメーソン(日米韓及び天皇陛下)を攻撃してくる相手は、ソ連中国台湾自衛隊等の客家民族を中心とする「金」という結社である。


ところで
「F7H」は、「袋1、箱1」でも同義で表現される。
昨今の2012年1月10日の米軍横田基地(フリーメーソン側)の軍事演習「サムライサージ」では、
C-130輸送機各機から「袋1、箱1」を投下する内容であった。

 

これは、JAL123便当時と同様に、フリーメーソンが「金」の結社に攻撃されて危機に陥っているということを示している。
極めて憂慮すべき事態である。

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 皇太子殿下が、平成13年11月4日に、慰霊の園をご訪問。自衛隊114部隊に対する抗議に他ならない。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/798.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 01 日 09:03:16: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 マルキスト台湾マルクス主義ソ連、が天皇日本ユダヤアメリカに攻めてきたのがJAL123便であります。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 23 日 07:18:11)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
皇太子殿下が平成13年(2001年)11月4日に
JAL123便慰霊の園をご訪問されておられる。

「114」に訪問されておられるのは、もちろん、JAL123便の実行部隊の一つとなった
「自衛隊114部隊」に対する抗議に他ならない。

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7165.jpg


なお、前日の平成13年(2001年)11月3日には
「やまびこ荘」にご宿泊されておられる。
これは、JAL123便で実質救助に役立った長野県「やまびこ」ヘリを示唆する動きである。
JAL123便の救助に参加した上野村消防団員らに授与された記念メダルでは、生存者を背負っているのがアメリカ人であった。上野村の黒沢村長はソ連から5000万円の裏金をもらい、救助を遅らせた。皇太子様が「やまびこ荘」にご宿泊されたのは、こうした上野村の不明瞭な非人道的な活動に対し、疑問を呈されたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 ソ連キリル文字で До  свидания(さようなら) と書いた残骸が御巣鷹の尾根 報道写真にある。ソ連軍機。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/674.html

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
1985年8月13日頃の報道用写真 御巣鷹の尾根スゲノ沢の様子に、
ロシア語キリル文字で

「До свида」

と手書きで書かれた残骸が認められる。
これは、ソ連キリル文字で
До свидания(さようなら)
と書いている途中までである。ソ連軍機パイロットが書いたものと想定される。

よって、残骸等も鑑みるとソ連軍機がJAL123便と共に落ちている状況である。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6654.jpg


<参考>
1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中にソ連軍機Tu-22残骸が見られる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6605.jpg  
日航ジャンボ123便 ソ連軍機Tu-22先端部残骸が見られる。 御巣鷹の尾根スゲの沢1985年8月13日報道記録写真中。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/659.html
日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根スゲの沢の写真にソ連軍機の椅子と酷似するシートが認められる。

http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/648.html

 

 

 

↑今知ってる言葉だけじゃもう足りない

というのは、キリル語を見ないとTU22盲が不足するということ。

ようこそようこ(三笠宮瑤子女王 界隈)のテレビ番組であるが、ソ連マルキスト公安のゼロに田中陽子(卑弥呼の子孫のアイドル)が弾圧され短命の番組となった。 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 御巣鷹に、ソ連キッチン核ミサイル残骸。ソ連軍機Tu-22に搭載。御巣鷹に核攻撃。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/692.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 10 日 16:19:15: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中にロシア語ソ連キリル文字が見られる。ソ連軍機が一緒に落ちている状況。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 28 日 12:01:01)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
御巣鷹に、ソ連キッチン核ミサイル残骸が認められる。ソ連Tu-22にキッチン核ミサイルが搭載されていた状況である。


御巣鷹にある核ミサイル残骸は、
ソ連AS-4キッチン核ミサイル外板破片に酷似している。
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/9874.jpg
1985年3月11日に就任したソ連ゴルバチョフ書記長が311機製造されたTu-22にて自衛隊と共に御巣鷹へ核攻撃を行なったのがJAL123便である。


<参考>ソ連キッチン核ミサイル
http://www.fas.org/blog/ssp/2011/05/russia2011.php

<参考>
日航ジャンボ123便 核物質が挟んであって自己発熱する核ミサイルの破片。このような民間機に対する地獄を繰り返してはならな

http://www.asyura2.com/09/lunchbreak29/msg/226.html
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/9874.jpg  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 伊豆でJAL123便至近距離を飛んでいたのはソ連軍機。
ソ連軍機の後ろ姿はエンジン部分がオレンジ色に見える。

乗客小川様が撮影した写真に写っている飛行体はソ連軍機であった。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/702.html

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
JAL123便搭乗の乗客小川様が右側車窓を撮影した5枚目の写真に飛行物体が写っている。

これは、朝日新聞やTBSテレビ等でも報道され、近年のネガフィルムからの分析によれば、中央部がオレンジ色に見える飛行体だったということがわかってきている。

 

では、飛行体がいったい何であったかということであるが、
ソ連軍機
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6856.jpg
は、後方から見ると、エンジン部分がオレンジ色に見える。

よって、JAL123便の至近距離を飛行していた飛行体はソ連軍機であった。

 

 

<参考>日航ジャンボ123便 コックピット「機長、他機に接近」「ソ連エア」
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/639.html  

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 報道写真に警視庁ヘリ残骸が認められる。1985年8月13日頃御巣鷹の尾根。警視庁ヘリを自衛隊が撃墜
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/921.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6972.jpg
1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根報道写真に警視庁ヘリ残骸が見られる。

これは、乗客の救助に来た警視庁中央即応集団のヘリを自衛隊が撃墜した状況を示している。
日本人の乗ったアメリカの飛行機が、日ソ共同で撃墜され、日ソ勢力により生存者虐殺及び救助部隊の撃沈が行われたことが如実にあらわれている。

 

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
JAL123便垂直尾翼欠損状況図によると、斜め横から、えぐれたようになっている。
ソ連軍機Tu-95ベアのブレードの形と比較すると、ぴたりと一致する。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7274.jpg

 

<参考>日航ジャンボ123便 世界権力中枢は、JAL123便の解明を推進しているのです。目的は、凶悪な種族(ソ連)、地底宇宙人(台湾中国)の大掃除
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/691.html  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[10] ”1980: masacre en Bolonia, 85 muertos”(Voltaire, 14/03/2004:スペイン語)を参照。
http://www.redvoltaire.net/article694.html

[11] The National Coalition for Peace Through Strengthは議会のメンバー258名を集めるに至った

posted by ja8119 at 13:59| 指定なし | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

御巣鷹の尾根スゲの沢の写真にソ連軍機の椅子と酷似するシートが認められる。

御巣鷹の尾根スゲの沢の写真にソ連軍機の椅子と酷似するシートが認められる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/648.html

 

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真にソ連軍機の椅子と酷似するシートが落ちている様子が記録されている。

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中にソ連軍機Tu-22残骸が見られる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/655.html

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中にソ連軍機Tu-22残骸が見られる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6605.jpg  

 

 

日航ジャンボ123便 ソ連軍機Tu-22先端部残骸が見られる。 御巣鷹の尾根スゲの沢1985年8月13日報道記録写真中。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/659.html
) 070903 peter start 070903 peter end

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢写真中に、ソ連軍機Tu-22先端部と酷似した残骸が記録されている。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6622.jpg  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 そもそもが「御巣鷹の尾根」自体が古代岩船がひっくり返った状態の現物である。古代燃料の「燃える砂」も
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/829.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 08 日 10:38:09: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 1985年8月12日夜間に秩父で光っていた場所は、古代岩船型の地形である。古代岩船燃料「燃える砂」 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 08 日 10:28:17)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日に、日航ジャンボ123便が来た御巣鷹の尾根であるが、
そもそもが「御巣鷹の尾根」自体が古代岩船がひっくり返った状態の現物である。古代燃料の「燃える砂」もあって当然である。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7238.jpg
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7259.jpg
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/1807.jpg

 

<参考>日航ジャンボ123便 1985年8月12日夜間に秩父で光っていた場所は、古代岩船型の地形である。古代岩船燃料「燃える砂」
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/828.html
日航ジャンボ123便 マルキスト台湾マルクス主義ソ連、が天皇日本ユダヤアメリカに攻めてきたのがJAL123便であります。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/727.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7002.jpg
日航ジャンボ123便 1985年8月12日夜に光っていた秩父側のガク沢上流部には、古代岩船燃料の燃える砂が多数存在する。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak42/msg/934.html
日航ジャンボ123便 埼玉県大滝村(現秩父市)で光っていた場所には、現在、異常とも言える門数の大規模な砂防ダム群が。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/911.html
日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根はノアの方舟をひっくり返した地形である。古代燃料の「燃える砂」が山体にあって然りである
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak42/msg/932.html
日航ジャンボ123便 光っていた御巣鷹の岩「緑の灯の 御巣鷹の岩 幻想的」 お隣、川上村水晶洞博物館で緑に光る石が展示中
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/718.html
日航ジャンボ123便 光で攻撃されると蛍光を発する宇宙由来の生命体細胞がインドの赤い雨から検出された。御巣鷹の尾根も隕石
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/910.html
日航ジャンボ123便 「炎上していた」とされる部分は光って映っただけ。実際の現場写真からも全く焦げてもいない。プラズマテ
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/591.html
日航ジャンボ123便 生存者落合由美氏「夕方の感じなのです。」 闇夜のスゲの沢が、それほど暑くもないのに光っていたのです
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/908.html
日航ジャンボ123便 三保の東海大学博物館に「緑色に光る石」が展示してありました。 御巣鷹で光っていたのと同じ色でした。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/867.html
123便メモ
http://gray.ap.teacup.com/123ja8119/  
 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 沼津でも日航機破片? 60年末、海岸で見つかる 1986.01.12 東京朝刊 23頁 1社 (全
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/885.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 17 日 18:39:06: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 JAL123便が自衛隊の核ミサイルを後部に受けたのは駿河湾の沼津市「らららサンビーチ」付近である。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 15 日 08:22:43)

070903 peter start 070903 peter end

 

沼津でも日航機破片? 60年末、海岸で見つかる
1986.01.12 東京朝刊 23頁 1社 (全388字) 
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7426.jpg
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7427.jpg

 11日午後7時ごろ、静岡県沼津市西浦江梨のダイビングハウス経営吉原康明さん(32)から、近くの海岸で、昨年8月12日に群馬県上野村で墜落した日航ジャンボ機のものとみられる金属片が打ち上げられているのを見つけた、と沼津署西浦駐在所に届けがあった。

 調べによると、この金属片は縦1メートル、横40センチ、厚さ7センチほどで、端がちぎれたようになり、白い塗色で内側はオレンジ色だった。小さなリベットが打たれ、表面に「16」か「91」とも読める数字が書かれていた。昨年12月28日ごろ、ハウスのアルバイトの大学生が見つけ、吉原さんが保管していたが、10日に伊豆半島山中で日航ジャンボ機の垂直尾翼の一部が見つかったニュースを聞いて届けたという。

 同署は日航ジャンボ機のコースからややはずれているものの、その尾翼の一部である可能性もあるとみて、群馬県警の捜査本部に連絡、調べることにしている。


朝日新聞社

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7428.jpg  

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 伊豆「らららサンビーチ」の建物デザインは、JAL123便車窓「6枚目」に写っているプロペラの構図。

伊豆らららサンビーチは平浜海水浴場の砂を全て入れ替えて「らららサンビーチ」としてリニューアルオープンしている。核ミサイルの現場の一つか。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/850.html

(回答先: 日航ジャンボ123便 乗客小川様が機内から右側の車窓を撮影した写真の「6枚目」ですが、右上にプロペラ羽根が写っています。 投)

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
乗客の小川様がJAL123便機内右側からの車窓を撮影した「6枚目」には、
車窓右上に、プロペラが写っている。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7286.jpg


この、4分の1程度の円形を加味して建設されているのが、
伊豆「らららサンビーチ」である。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7332.jpg

 

 

<参考>日航ジャンボ123便 乗客小川様が機内から右側の車窓を撮影した写真の「6枚目」ですが、右上にプロペラ羽根が写っています。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/842.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7286.jpg
日航ジャンボ123便 「ソ連が攻めてきた時には下田」。 JAL123便の教訓から「豊かな時代」を取り戻さねばなりません。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/843.html  

 

 http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/868.html

伊豆「らららサンビーチ」付近
から見た「亀島」と、

JAL123便の残骸の形が
極めて相似で一致する。

これは、伊豆「らららサンビーチ」付近で自衛隊の核ミサイルがJAL123便に対し行使されたことを示す状況である。(基本的にJAL123便事件はソ連と自衛隊の合作である。)

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7370.jpg
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7364.jpg
JAL123便が核ミサイルを後部に受けたのは駿河湾の沼津市らららサンビーチ付近である。

相模湾でソ連軍機Tu-95ベアにより尾翼を損傷し、駿河湾で再度攻撃を受けたということになる。
・新聞記事の縮刷版で確認できますが、翌年1986年に駿河湾でオレンジ色残骸が上がり、記事になっていました。

・JAL123便CVRでは、18:30頃からコックピットの会話が、もうろうとした状態になっている。18:30頃に、らららサンビーチ付近で核ミサイルに遭遇していると見られる。

・JAL123便乗客複数名の遺書が、いずれも、みみずの這ったような、文字で書かれている。これは、核による意識障害が出ている状況である。

・JAL123便CVRでは、18:30分28秒に、火災警報音が一度鳴り、すぐに止まっている。18:30頃に、らららサンビーチ付近で核ミサイルに遭遇していると見られる。

・当方聞き込み取材で松崎周辺にいたタクシー運転手から18:30前後にどこどこが光った(夕暮れ前に光ったのだから尋常ではない)旨の証言をいただいている。この地域では、かなり多くの人がそれを目撃しているそうである。

・現場の平沢海水浴場は、その後、砂を全て入れ替え、「らららサンビーチ」としてリニューアルオープンしている。外地の砂を多量に持ってきて入れ替えということは、ローカルな浜では特異。

・JAL123便の捜査に入ったアメリカ運輸安全委員会のジムバーネット氏「こんなことを二度と起こさせまい」(アメリカ側の責任者がこのように述べています。)
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7173.jpg

・「らららサンビーチ」の、名前の由来は、もちろんアメリカ民謡の「森のくまさん」である。くまさんと言えば、ソ連軍機Tu-95ベアである。

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 茅ヶ崎沖でJAL123便近傍がオレンジ色に光った際、近くを自衛隊岐阜航空実験団電子戦機C-1が飛行
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/911.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 24 日 19:04:42: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 総括 日本に必要なのはアメリカ主導による国家再構築である。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 26 日 18:40:35)

070903 peter start 070903 peter end

 

日航ジャンボ123便の1985年8月12日に、江ノ島海岸で、夕方、海から揚がるように指示が出ていた件ですが、やはり、ご指摘の通り、茅ヶ崎~江ノ島付近で、
JAL123便が、電磁パルス兵器を受けています。
これは、ピカですので、ピカっとは光りますが、光よりも電磁気を放出しますので、
注視していなければわからない程度です。

まず、
運輸省航空事故調査委員会報告書の156ページ
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/download/pdf/62-2-JA8119-05.pdf
付図―20「相模湾等の浮遊残骸揚収場所図」
ですが、
江ノ島や三崎港の方に残骸が来ています。
それで、昨年夏に、三崎の突端の城ヶ島へ、2日連続で取材に行ったのです。
なかなか当時の証言が取れず、困り果てていたところ、
城ヶ島~三崎までの観光遊覧渡し舟(天ぷら油の廃油で運行)というのがありまして、城ヶ島側から往復扱いで乗せてもらったのです。
その際、60歳前後の船長さんに話を伺ったところ、
「十国(じゅっこく)峠の方が光った」ということなのです。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7576.jpg

伊豆十国峠は、静岡県道20号線沿いにあり、数年前に、東名高速道路のから国道1号までのアクセス道路ができたので、
現在、下田方面に行く際は、東名高速~国道1号~静岡県道20号~十国峠~伊豆スカイライン~伊豆高原~ のルートの方が1時間以上短縮できますので必ず通る地点です。
城ヶ島から十国峠は、思いのほか、近くに見えます。

地図にすると以下のような状況です。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7576.jpg
城ヶ島から伊豆半島十国峠へのラインと、茅ヶ崎海岸から相模湾に閃光が見えた方面とが交差する、
推定地点は
ちょうど、付図20丸4、の、「APU空気取り入れダクト」の場所になります。


また、この18:20頃には、近くを、
自衛隊岐阜航空実験団の電子戦機のC-1が飛んでいたわけです。

 

DFDR(デジタルフライトレコーダー)の
LOC(ロケーション)は、
予定航路より右か左かを、電波で測定してプロットした値です。

このLOCには
LOC1

LOC2
があります。

運輸省航空事故調査委員会報告書305~306ページのDFDRですが、
18:09分~18:15分10秒までは、LOC1とLOC2が、ほぼ一致しており、問題ありませんが、
しかし、
18:15分10秒過ぎに、LOC2が、
18:15分20秒過ぎに、LOC1が、
それぞれ、おかしくなっています。


よく言われる「離陸3分後の異常」という状況と見られますが、
これは、電波的に、何か、よほどの妨害が発生したことを示しています。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7577.jpg

その後、18:19分前後に、
突然、
LOC1、LOC2が逆に振り切れているという、致命的な状況に陥っています。
これが
付図20の丸4、「APU空気取り入れダクト」の場所になると想定されます。
再び、
電波的に、何かよほどの妨害が発生したということになります。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7577.jpg

 

 

 

 

 

 

「311」では御巣鷹の教訓を活かすべきである。

現在の「311」の核汚染は、JAL123便の時、御巣鷹を自衛隊がやたらと核汚染した状況と同様か、むしろ経度でありますから、
御巣鷹の時と同じような米国の対処をすれば特に問題無いです。
1985年から四半世紀経っていますが、現に、関東甲信越でもそれほど死者は出ていません。
しかし、
今回は、「中華式猪瀬ントワールド」が立ちふさがり、
http://foomii.com/00018/201203210700008951
http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken
米国の主張が全く取り入れられておらずJAL123便の時のような対処が行われていないことが最大の問題です。

 

 

忠告させていただきたいのは、
宇宙人は、軍力は強いですが、日本人に対してなにかしてくれるということはありません。なぜなら、背景が中国のエリア51による侵略だからです。

米国のみしか皇国日本を助けなかったJAL123便の教訓が全く日本の世論で評価されていません。

「宇宙人はすごいから米軍はいらない」が、最も日本にとって危険な論調です。

 

 

 

 

『「中華式」猪瀬ントワールド』
「検察」という組織自体が、金丸信議員の金塊の頃まではアメリカ主導であったのが、それ以降、『中華式「猪瀬ントワールド」』に握られているということである。手口もいかにも中国国内と酷似している。

http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/0d45d19072735eb63b6a340a81fb56b0
http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/37b96187ad792aff7b1e0dc52ede5f0a?st=0
等の記事からも、『「中華式」猪瀬ントワールド』で分析するべきである。

堀江モンが検察に弾圧されてから、すぐに、御巣鷹の尾根へ参拝した。
村上ファンドが検察に弾圧されてから、出資関係にあるオリックスが御巣鷹の尾根へ参拝し、オリックス宮内氏の献木が御巣鷹の尾根4B付近にある。
日米韓勢力は、検察から弾圧を受けると、すぐに「御巣鷹の尾根」に参拝している。

要は、
ミスチル(ロスチャイルドのところ)が江戸時代から日本に巣食う「猪瀬ントワールド」(ロシア台湾紀州徳川)について、問題提起している状況である。
中国がロスチャイルドから切られる
http://blog.kuruten.jp/itagakieiken/133188
のも当然の流れといえる。

ロックフェラーロスチャイルドが衰退する中、悪質な「猪瀬ントワールド」が日本国内に巣食っており一人勝ちしている。

 

 

注>江戸時代に御巣鷹は33の御巣鷹地域に区分され管理されていた。要は、ロシアフリーメーソンに占領されていた。ロシアから御巣鷹に直接向かうことはできないから、台湾、を介して、江戸時代に、甘楽地域~埼玉県北~埼玉県西部地域に大陸移民が大量に移住した。これが現在の首都制圧自衛隊(官製テロ集団)への流れである。現在の東京は、この中華式猪瀬ントワールドが主導権を握ってしまっている。JAL123便の教訓が活かされていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 JAL2012年3月30日羽田緊急着陸発生→JAL3月31日羽田尻持事故発生→4月4日米軍大型輸送機羽田着陸
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/1006.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 4 月 04 日 16:41:39: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 朝日新聞朝刊社説「自衛隊に潜む危うい体質」→330JAL緊急着陸発生→夜の読売新聞「背番号812」 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 31 日 10:21:00)

 

3月30日緊急着陸、3月31日尻持事故、の2日連続の重大案件については、中ロ派自衛隊が1985年8月12日のJAL123便同様に、皇国日本ユダヤ米国に仕掛けた戦いであった。

本家JALの予約ページでも、
JAL123便を思わせるレイアウトで、中ロ派自衛隊を牽制している。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/8099.jpg

ついに、
4月4日には、羽田空港に、米軍大型輸送機C-5が緊急着陸し、米軍の健在ぶりを自衛隊に対しアピールしている。
http://www.asahi.com/national/update/0404/TKY201204040288.html
中ロ派自衛隊と、皇国日本ユダヤ米国の間で、激しい戦いが繰り広げられている。

日本人が平穏に暮らせるのは米軍あってのことである。

 

 

<以下参考>米軍機が羽田に乗り込んでいるのは極めて特異な動きです。
余程、東京や政権に「特殊な状況」が発生していることがお解りいただけるかと思います。
米軍の動きは支持すべきものです。

飛行機で、
ジャンボと、B-737では、
強風時や荒天時には、ジャンボの方が極めて安定して飛びます。
嵐の中の船同様です。小型船よりも大型船の方が、シケに強いです。

C-5輸送機も同じことで、
あくまでも、中ロ派自衛隊に見せるために、羽田に降りています。
「ロッキードC-5」
は、田中防衛相への中ロ派に気をつけろというメッセージでもございます。
(田中角栄は、育てた中国と官僚に裏切られて失脚。角栄記念館には、ホワイトハウスさながらの芝生となっている。「米国ヲダイジニシロ」が田中角栄の遺言とも言える。)


以下朝日新聞引用
http://www.asahi.com/national/update/0404/TKY201204040288.html
米軍機、羽田空港に急きょ着陸 強風の影響
関連トピックス
羽田空港

 全国を襲った強風の影響で、米軍の大型輸送機「C5」が予定の横田基地に着陸できず、4日午前0時半ごろ、羽田空港に急きょ目的地を変えて着陸した。

 国土交通省東京空港事務所によると、同機は米ハワイ州のヒッカム空軍基地から、横田に向かっていた。4日昼現在も羽田空港に駐機しており、離陸に向けて調整中という。同事務所は「米軍機が羽田に着陸するのは珍しい」と話している。

 

 

 

 

 

 

 

 

日本には中国公安部が徘徊暗躍しており「公安のゼロ」と呼ばれる。日米欧派を弾圧するマルキスト部隊である。
しかし、
この中国公安部「公安のゼロ」を取り締まる権限が日本の警察公安には無い。(

日中記者交換協定同様のカラクリ)

 

現場の警察官の間でも
「公安のマル」
との呼び名で、取り締まれない連中として問題視されている。

 

例えば
米軍関係者の不祥事等はことの他盛大に報道等されるが、

中国公安部が何をしようと、日米には取締りの権限すら無い。

JAL123便核攻撃惨事が隠蔽され続けているのも、中国公安部マルキスト部隊が中心的に関与していたからである。

 

 

 

 

 

 ↑を書くと、すぐに、中国勢が家におしかけて来ている。(2012年5月14日15:00現在)

http://www.asahi-net.or.jp/~rz3t-ysn/MVI_1497.AVI

 

 

 

 

今、弾圧が行われている。

 こうした天安門事件さながらの弾圧は、中国支配に由来する。

 


 

posted by ja8119 at 19:09| 指定なし | 更新情報をチェックする

日航ジャンボ123便 U字溝はソ連軍機Tu-22盲が彫った地形であった。

日航ジャンボ123便 U字溝はソ連軍機Tu-22が彫っていた。運輸省報告書とTu-22サイズが一致。ジャンボだと通らず。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/680.html

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、そもそもの問題点と致しまして、U字溝の空間のサイズに、B747ジャンボは通らないのであります。胴体だけとしてもかなり無理があります。よって、生存者の落合由美さんの証言でも衝撃は1回だった、とあるのですから、そもそもが、U字溝というものはJAL123便が彫った地形では無いと想定されます。

 

ところで、運輸省航空事故調査委員会のJA8119号機調査報告書155ページの付図19にありますU字溝の樹木の折損状況と、ソ連軍機Tu-22盲の断面が、一致するのであります。

 

従いまして、U字溝は、ソ連軍機Tu-22が刻んだ地形と解析されます。

 

 

 

<参考>
日航ジャンボ123便 ソ連キリル文字で До  свидания (さようなら) の途中まで書いた残骸が報道写真にある。ソ連軍機乗組員の遺書か。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/676.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6660.jpg
日航ジャンボ123便 1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中にソ連軍機Tu-22残骸が見られる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/655.html
日航ジャンボ123便 ソ連軍機Tu-22先端部残骸が見られる。 御巣鷹の尾根スゲの沢1985年8月13日報道記録写真中。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/659.html
日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根スゲの沢の写真にソ連軍機の椅子と酷似するシートが認められる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/648.html
日航ジャンボ123便 コックピット「機長、他機に接近」    運輸省JA8119号機報告書「異常外力」の原因は、ソ連エア
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/639.html
日航ジャンボ123便 乗客小川さんがJAL123便機内から撮影した写真にTu-95ベアが写っている。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/632.html
日航ジャンボ123便 CVR音声「ソ連エア」 運輸省報告書「異常外力」の原因はソ連エア二重反転プロペラから出る低周波音。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/638.html

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 御巣鷹に、核燃料と減速材。1985年8月13日頃 御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中。及び、現地写真。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/719.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 19 日 15:23:40: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 御巣鷹に、ソ連AS-4キッチン核ミサイル残骸。ソ連Tu-22に搭載。御巣鷹に核攻撃。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 10 日 16:19:15)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、

 

1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中に円筒形の物体が写っている。
 

 

Tu-22盲の残骸の場所であることから、ソ連のキッチン核ミサイル不発弾と見られる。


また、この場所付近には、核燃料円筒形外周にフィットする減速材も観察される。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6961.jpg

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 ソ連軍機Tu-22盲の機体外板が見られる。1985年8月13日頃御巣鷹尾根スゲの沢報道写真中。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/722.html

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根報道写真に、JAL123便JA8119号機後部圧力隔壁残骸と共に、
ソ連軍機Tu-22前部外板と酷似した機体残骸が見られる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6968.jpg

これは、日本人らの乗ったアメリカの飛行機JAL123便が、日ソ共同で撃墜された状況を示している。


<参考>日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根スゲの沢1985年8月写真中にソ連軍機の特徴であるサビサビねじの付いた残骸が見られる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/660.html
日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根スゲの沢の写真にソ連軍機の椅子と酷似するシートが認められる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/648.html  
日航ジャンボ123便 ソ連Tu-22盲の鋼鉄製サビサビでムラの多い白色薄塗装残骸が。1985年8月13日頃御巣鷹尾根写真
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/720.html
 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 推定爆心地は、植物が生えない状況が発生している。JAL123便付近が光った高天原山蟻ヶ峠南相木村側(長野県側)付近。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/915.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 26 日 18:24:54: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 JAL123便付近が光った高天原山蟻ヶ峠南相木村側(長野県側)付近では岩が乗客型に彫刻された状態。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 03 日 21:33:07)

 

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
四半世紀経って、googleアースの航空写真パノラマ地図にも、現場の状況がはっきりと現れている。

 

JAL123便付近が光って、原爆のようなきのこ雲が昇ったことが、川上村側から目撃されているが、
その推定爆心地は、植物が生えない状況が発生している。

 

また、付近のキャンプ場では、キャンプをしていた人々が、キャンプ場のそばまで機体破片やバラバラ遺体が降ってきたことを証言しているが、パノラママップにおいても、当時、破片やバラバラ遺体が降った場所がわかる状況となってきている。

 

 

<参考>日航ジャンボ123便 長野県側(南相木ダム三川付近)飛行中のJAL123便にピカドンが発生し長野県南相木村にバラバラ遺体
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/641.html
原爆のようなキノコ雲が上がった
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7616.jpg

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 長野県側(南相木ダム三川付近)飛行中のJAL123便にピカドンが発生し長野県南相木村にバラバラ遺体
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/641.html
投稿者 愉快通快 日時 2010 年 8 月 20 日 13:15:13: aijn0aOFbw4jc

 

 

南相木ダム奥(蟻ヶ峠裏)付近には、自衛隊が殺到してきていた


長野県側(南相木ダム三川付近)飛行中のJAL123便にピカドン命中が発生し長野県南相木村にバラバラ遺体が散乱した、という方の記事ですが、
自衛隊が殺到してきたということのようです。
少ない記事情報ですが、転載させていただきます。

 

<以下引用>
http://www.melma.com/backnumber_171644_4936867/
25年前の今日、群馬県御巣鷹山(長野県側では別の名称)の尾根に521名の乗員乗客を乗せて
日航ジャンボ機が墜落しました。助かったのは島根県川上慶子さんただひとり。奇跡です。
「上を向いて歩こう」の坂本九さんはじめ多くの著名人も犠牲となりました。
エベレストを中国側ではチョモランマと呼ぶように長野側では御巣鷹山とは言いません。
長野側の至近距離のキャンプ地で我が家の家族6人が事件の8時間前までいたことは毎年書いてます。
隣家の家族は不幸にも現地に残っていて墜落を目撃、ショックで子供は高熱でしばらく寝込みました。
殺到する自衛隊車両の中を命からがら帰ってきました。
すぐ近くまで遺体の一部が散乱してたようです。
http://www.melma.com/backnumber_171644_4575481/  

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 山梨県広瀬ダムでは、流木を無料頒布しているが、表面だけ焦げた流木があるが、雷で焼けた状態では無い。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/918.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 27 日 11:28:49: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 JAL123便付近が光った高天原山蟻ヶ峠南相木村側(長野県側)付近では岩が乗客型に彫刻された状態。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 26 日 18:24:54)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
高天原山の長野側蟻ヶ峠の南相木側にて、JAL123便周辺がぱぱっと2回光り、
原爆のようなきのこ雲が2つ上がったのが長野県川上村から多数目撃されている。

 

ところで、
埼玉から雁坂有料トンネルを超えて山梨県に入ったところの広瀬ダムでは、
流木を無料頒布している。

 

しかし、
この流木は、
・表面が
・横から均一に一方向に
・薄く焦げた
状態の物が目に付くのである。


雷で焦げた状況とは異なる焦げ方となっている。

広瀬ダム上流部は、蟻ヶ峠から見通しで、それほど離れておらす、
1985年8月12日18:55~18:56頃発生したJAL123便近傍のピカドンにより焦げて、弱ってきた木が流木となって広瀬ダムに流れてきているものと観察される。


<参考>広瀬ダム
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E7%80%AC%E3%83%80%E3%83%A0  

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 核ピカドンが発生した高天原山蟻ヶ峠を向いて大観音が立っている。U字溝の尾根群馬長野県境から南東側。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/921.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 27 日 18:15:43: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 一瞬にして焦げていると観察され苔むしていて安全姿勢をとった状態の塊。長野側でバラバラ遺体が降った所 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 27 日 12:53:38)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
長野県南相木村高天原山の蟻ヶ峠付近でJAL123便近傍にてピカドンが発生した。

現在、
ピカが発生した高天原山蟻ヶ峠を向いて大観音が立っている。

U字溝の尾根から高天原山に登る際、群馬長野県境から南東側に見える。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7642.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 ピカドンが発生した長野側現場近くの中津川林道沿いの御巣鷹側斜面には、多数の慰霊碑が立ち並んでいる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/920.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 27 日 18:15:35: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 一瞬にして焦げていると観察され苔むしていて安全姿勢をとった状態の塊。長野側でバラバラ遺体が降った所 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 27 日 12:53:38)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
長野県南相木村高天原山の蟻ヶ峠付近でJAL123便近傍にてピカドンが発生した。

現在、
ピカが発生した高天原山蟻ヶ峠近くの中津川林道沿い三国峠近くの御巣鷹山側斜面には、
多数の慰霊墓碑のような物が立ち並んでいる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7643.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 スペースワープしていたJAL123便。「サムライサージ」により18:15~18:20長野北相木村へ
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/913.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 25 日 07:46:36: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 2012年1月10日の米軍横田基地演習「サムライサージ」ではJAL123便当時と同じ「F7H」暗号 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 28 日 01:13:40)

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
国産電磁パルス核兵器「サムライサージ」がJAL123便に対し使用された。

時は科学万博開催中で、ジャパンアズナンバーワン、不沈空母、の真っ只中であり、日本の裏政府八咫烏と官僚組織は、アメリカを出し抜き一泡吹かせてやろうと画策が行われていた。

JAL123便は、18:12分に、羽田空港ランウエイ15から離陸した。
しかし、離陸3分後の、
18:15分に、LOCの値がぶっとんでいる。
再び
18:19前後にLOCの値がぶっ飛んでいる。

朝日新聞報道では、待ち構えていたかのように、以下のように報道された。JAL123便は長野県北相木村方面にスペースワープしていたのである。
『各地で多数の目撃者 現場の確認は難航 日航ジャンボ機墜落事故
1985.08.13 東京朝刊 23頁 1社 (全1,060字) 午後11時30分、長野県警への情報によると、「午後6時15分から20分の間に、ツルのマークが入った飛行機が御座山上空100-200メートルを群馬県上野村に向かって飛んでいる」のを、北相木村の南栗生、栗原孝雄さん(52)が目撃。


これは、
横須賀米軍の目の前で、JAL123便をワープさせ、アメリカに対し優位に立とうとする目的だけのために、ソ連と共同で発生させた、日本の裏政府八咫烏と日本の官僚機構による横暴であった、


http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7581.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 報告書196ページ「写真40」でも、破損箇所と、ソ連Tu-95ベアのプロペラの形とが一致している。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/924.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 28 日 13:46:23: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
運輸省航空安全委員会調査報告書JA8119号機JAL123便
196ページ 写真-40
でも、
JAL123便破損状況(形状)と、
ソ連軍機Tu-95ベア
のプロペラの形状とが一致している。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7662.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 311後、日本の原発を全て止めるよう、日本に正しい命令を下していたアメリカロビーが首相官邸撤退か。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/912.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 25 日 07:29:11: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 米軍が被害を受けた時、日本の裏政府は、満を持して、自衛隊公安勢力を投入し、日本人の虐殺にとりかかる 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 23 日 13:26:37)

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事であるが、 

 

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7016.jpg 

のメダルにもある救助の「やまびこ」ヘリが長野県から入ったという意味は、天皇陛下米軍の勢力が救助に入ったという意味である。 

1978年には、長野県でやまびこ国体(日本の屋根に手をつなぐ)が開催されており、高天原ふもとからも聖火「健康の火」が出発しており記念碑が残っている。 

 

高天原の教訓と致しましては、日本に関しては政府も反政府も全く日本人を助けてくれることは無いということ(中ロ台イラン勢力)。日本人に対し、支援をしてくれるのは天皇陛下米軍のコンツェルンのみであるということである。

 

 

 

 

 

 

 

 

日本の原発を全て止めるよう、日本に正しい命令を下していたアメリカロビーが、
首相官邸を撤退するという。
http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/fca980210f8f2f7d2ac670d75b7d7b70?st=0

311の際、米国は、JAL123便の反省(米軍と警視庁の救助は自衛隊に攻撃され御巣鷹に玉砕した。)をふまえ、首相官邸に乗り込み、日本の裏政府八咫烏の日本人虐殺の横暴を食い止めていたのである。

これは、JAL123便の時、
日本政府(日本の裏政府八咫烏)に米軍が救助を断られ、生存者の日本裏政府指示による虐殺を招いたことと同様の傾向で、
日本人の生命にとって、重大な局面を迎えている。

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 311のプルサーマル燃料粉末が飛来した状態でも、御巣鷹の時と同じく黄緑色Np4+の発光が見られる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/917.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 26 日 21:14:42: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 自衛隊T-2(F-1 T-2支援戦闘機)の残骸が御巣鷹の尾根に散見される。 ブルーインパルス塗色。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 29 日 14:12:58)

070903 peter start 070903 peter end

 

先日のつむじ風様サイト記事で
http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/images/2012/02/23/o0480085411803860571.jpg
の写真がございました。

この、黄緑色に光る輝点ですが、プルトニウム系を元とするネプツニウムNp4+の可能性も充分に検討しておかねばならない。
プルサーマル燃料のPuがNp4+に、というメカニズムです。

注意しなければならないのは、「ガイガカウンタの値」は、あくまでもガイガ管センサーの平均値だということです。
http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/images/2012/02/23/o0480085411803860571.jpg
のように、1粉末程度だけ、超高線源がある場合、ガイガカウンタでは低い値しか出ず、「安全」と判断されてしまいます。
しかし、
実際には、この1粉末で充分にダメージを受けますから「超危険」な状況でです。
当方では、御巣鷹を歩いた教訓と致しまして、「ガイガカウンタは粉末の、超微粒子高線源汚染には役に立たない。」「むしろ、CCDカメラが汚染状況を正確に表現する。」
という教訓を得ています。


Np4+の先例と致しましては、1985年8月12日の日航ジャンボ123便の御巣鷹の尾根の、特に第4支流側(不発のプルトニウム水爆)に、この、「黄緑色」が発生していました。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/1522.jpg
↑通常の「燃焼」と「光っている」状態の比較。  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 乗客小川さんがJAL123便機内から撮影した写真に、ソ連軍機Tu-95ベアが写っている。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/632.html
投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 20 日 09:02:22: aijn0aOFbw4jc

070903 peter start 070903 peter end

 

日航ジャンボ123便乗客小川さんがJAL123便機内から撮影した写真http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6497.jpg
に、ソ連軍機Tu-95ベアが写っている。


参考
飛行中の、ソ連軍機Tu-95ベアhttp://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6498.jpg

小川さん撮影の写真と、ソ連軍機Tu-95比較
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6500.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 報告書193ページ「写真33」でも、破損箇所と、ソ連軍機Tu-95ベアのプロペラとが一致している。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/926.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 28 日 14:22:29: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便でありますが、
運輸省航空安全委員会調査報告書JA8119号機JAL123便
193ページ 写真-33
におきましても、
JAL123便破損状況(切断された形状)と、
ソ連軍機Tu-95ベア
のプロペラの形状とが一致しております。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7664.jpg  

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 報告書196ページ「写真34」でも、破損箇所と、ソ連Tu-95ベアのプロペラ
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/925.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 28 日 14:17:13: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
運輸省航空安全委員会調査報告書JA8119号機JAL123便
193ページ 写真-34
でも、
JAL123便破損状況(プレスされた形状)と、
ソ連軍機Tu-95ベア
のプロペラの形状とが一致している。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7663.jpg

posted by ja8119 at 19:07| 指定なし | 更新情報をチェックする

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