2011年12月30日

日航ジャンボ123便 U字溝はソ連軍機Tu-22盲が彫った地形であった。

日航ジャンボ123便 U字溝はソ連軍機Tu-22が彫っていた。運輸省報告書とTu-22サイズが一致。ジャンボだと通らず。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/680.html

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、そもそもの問題点と致しまして、U字溝の空間のサイズに、B747ジャンボは通らないのであります。胴体だけとしてもかなり無理があります。よって、生存者の落合由美さんの証言でも衝撃は1回だった、とあるのですから、そもそもが、U字溝というものはJAL123便が彫った地形では無いと想定されます。

 

ところで、運輸省航空事故調査委員会のJA8119号機調査報告書155ページの付図19にありますU字溝の樹木の折損状況と、ソ連軍機Tu-22盲の断面が、一致するのであります。

 

従いまして、U字溝は、ソ連軍機Tu-22が刻んだ地形と解析されます。

 

 

 

<参考>
日航ジャンボ123便 ソ連キリル文字で До  свидания (さようなら) の途中まで書いた残骸が報道写真にある。ソ連軍機乗組員の遺書か。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/676.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6660.jpg
日航ジャンボ123便 1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中にソ連軍機Tu-22残骸が見られる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/655.html
日航ジャンボ123便 ソ連軍機Tu-22先端部残骸が見られる。 御巣鷹の尾根スゲの沢1985年8月13日報道記録写真中。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/659.html
日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根スゲの沢の写真にソ連軍機の椅子と酷似するシートが認められる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/648.html
日航ジャンボ123便 コックピット「機長、他機に接近」    運輸省JA8119号機報告書「異常外力」の原因は、ソ連エア
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/639.html
日航ジャンボ123便 乗客小川さんがJAL123便機内から撮影した写真にTu-95ベアが写っている。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/632.html
日航ジャンボ123便 CVR音声「ソ連エア」 運輸省報告書「異常外力」の原因はソ連エア二重反転プロペラから出る低周波音。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/638.html

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 御巣鷹に、核燃料と減速材。1985年8月13日頃 御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中。及び、現地写真。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/719.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 19 日 15:23:40: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 御巣鷹に、ソ連AS-4キッチン核ミサイル残骸。ソ連Tu-22に搭載。御巣鷹に核攻撃。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 10 日 16:19:15)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、

 

1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中に円筒形の物体が写っている。
 

 

Tu-22盲の残骸の場所であることから、ソ連のキッチン核ミサイル不発弾と見られる。


また、この場所付近には、核燃料円筒形外周にフィットする減速材も観察される。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6961.jpg

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 ソ連軍機Tu-22盲の機体外板が見られる。1985年8月13日頃御巣鷹尾根スゲの沢報道写真中。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/722.html

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根報道写真に、JAL123便JA8119号機後部圧力隔壁残骸と共に、
ソ連軍機Tu-22前部外板と酷似した機体残骸が見られる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6968.jpg

これは、日本人らの乗ったアメリカの飛行機JAL123便が、日ソ共同で撃墜された状況を示している。


<参考>日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根スゲの沢1985年8月写真中にソ連軍機の特徴であるサビサビねじの付いた残骸が見られる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/660.html
日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根スゲの沢の写真にソ連軍機の椅子と酷似するシートが認められる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/648.html  
日航ジャンボ123便 ソ連Tu-22盲の鋼鉄製サビサビでムラの多い白色薄塗装残骸が。1985年8月13日頃御巣鷹尾根写真
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/720.html
 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 推定爆心地は、植物が生えない状況が発生している。JAL123便付近が光った高天原山蟻ヶ峠南相木村側(長野県側)付近。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/915.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 26 日 18:24:54: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 JAL123便付近が光った高天原山蟻ヶ峠南相木村側(長野県側)付近では岩が乗客型に彫刻された状態。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 03 日 21:33:07)

 

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
四半世紀経って、googleアースの航空写真パノラマ地図にも、現場の状況がはっきりと現れている。

 

JAL123便付近が光って、原爆のようなきのこ雲が昇ったことが、川上村側から目撃されているが、
その推定爆心地は、植物が生えない状況が発生している。

 

また、付近のキャンプ場では、キャンプをしていた人々が、キャンプ場のそばまで機体破片やバラバラ遺体が降ってきたことを証言しているが、パノラママップにおいても、当時、破片やバラバラ遺体が降った場所がわかる状況となってきている。

 

 

<参考>日航ジャンボ123便 長野県側(南相木ダム三川付近)飛行中のJAL123便にピカドンが発生し長野県南相木村にバラバラ遺体
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/641.html
原爆のようなキノコ雲が上がった
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7616.jpg

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 長野県側(南相木ダム三川付近)飛行中のJAL123便にピカドンが発生し長野県南相木村にバラバラ遺体
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/641.html
投稿者 愉快通快 日時 2010 年 8 月 20 日 13:15:13: aijn0aOFbw4jc

 

 

南相木ダム奥(蟻ヶ峠裏)付近には、自衛隊が殺到してきていた


長野県側(南相木ダム三川付近)飛行中のJAL123便にピカドン命中が発生し長野県南相木村にバラバラ遺体が散乱した、という方の記事ですが、
自衛隊が殺到してきたということのようです。
少ない記事情報ですが、転載させていただきます。

 

<以下引用>
http://www.melma.com/backnumber_171644_4936867/
25年前の今日、群馬県御巣鷹山(長野県側では別の名称)の尾根に521名の乗員乗客を乗せて
日航ジャンボ機が墜落しました。助かったのは島根県川上慶子さんただひとり。奇跡です。
「上を向いて歩こう」の坂本九さんはじめ多くの著名人も犠牲となりました。
エベレストを中国側ではチョモランマと呼ぶように長野側では御巣鷹山とは言いません。
長野側の至近距離のキャンプ地で我が家の家族6人が事件の8時間前までいたことは毎年書いてます。
隣家の家族は不幸にも現地に残っていて墜落を目撃、ショックで子供は高熱でしばらく寝込みました。
殺到する自衛隊車両の中を命からがら帰ってきました。
すぐ近くまで遺体の一部が散乱してたようです。
http://www.melma.com/backnumber_171644_4575481/  

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 山梨県広瀬ダムでは、流木を無料頒布しているが、表面だけ焦げた流木があるが、雷で焼けた状態では無い。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/918.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 27 日 11:28:49: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 JAL123便付近が光った高天原山蟻ヶ峠南相木村側(長野県側)付近では岩が乗客型に彫刻された状態。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 26 日 18:24:54)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
高天原山の長野側蟻ヶ峠の南相木側にて、JAL123便周辺がぱぱっと2回光り、
原爆のようなきのこ雲が2つ上がったのが長野県川上村から多数目撃されている。

 

ところで、
埼玉から雁坂有料トンネルを超えて山梨県に入ったところの広瀬ダムでは、
流木を無料頒布している。

 

しかし、
この流木は、
・表面が
・横から均一に一方向に
・薄く焦げた
状態の物が目に付くのである。


雷で焦げた状況とは異なる焦げ方となっている。

広瀬ダム上流部は、蟻ヶ峠から見通しで、それほど離れておらす、
1985年8月12日18:55~18:56頃発生したJAL123便近傍のピカドンにより焦げて、弱ってきた木が流木となって広瀬ダムに流れてきているものと観察される。


<参考>広瀬ダム
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E7%80%AC%E3%83%80%E3%83%A0  

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 核ピカドンが発生した高天原山蟻ヶ峠を向いて大観音が立っている。U字溝の尾根群馬長野県境から南東側。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/921.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 27 日 18:15:43: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 一瞬にして焦げていると観察され苔むしていて安全姿勢をとった状態の塊。長野側でバラバラ遺体が降った所 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 27 日 12:53:38)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
長野県南相木村高天原山の蟻ヶ峠付近でJAL123便近傍にてピカドンが発生した。

現在、
ピカが発生した高天原山蟻ヶ峠を向いて大観音が立っている。

U字溝の尾根から高天原山に登る際、群馬長野県境から南東側に見える。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7642.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 ピカドンが発生した長野側現場近くの中津川林道沿いの御巣鷹側斜面には、多数の慰霊碑が立ち並んでいる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/920.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 27 日 18:15:35: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 一瞬にして焦げていると観察され苔むしていて安全姿勢をとった状態の塊。長野側でバラバラ遺体が降った所 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 27 日 12:53:38)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
長野県南相木村高天原山の蟻ヶ峠付近でJAL123便近傍にてピカドンが発生した。

現在、
ピカが発生した高天原山蟻ヶ峠近くの中津川林道沿い三国峠近くの御巣鷹山側斜面には、
多数の慰霊墓碑のような物が立ち並んでいる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7643.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 スペースワープしていたJAL123便。「サムライサージ」により18:15~18:20長野北相木村へ
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/913.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 25 日 07:46:36: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 2012年1月10日の米軍横田基地演習「サムライサージ」ではJAL123便当時と同じ「F7H」暗号 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 28 日 01:13:40)

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
国産電磁パルス核兵器「サムライサージ」がJAL123便に対し使用された。

時は科学万博開催中で、ジャパンアズナンバーワン、不沈空母、の真っ只中であり、日本の裏政府八咫烏と官僚組織は、アメリカを出し抜き一泡吹かせてやろうと画策が行われていた。

JAL123便は、18:12分に、羽田空港ランウエイ15から離陸した。
しかし、離陸3分後の、
18:15分に、LOCの値がぶっとんでいる。
再び
18:19前後にLOCの値がぶっ飛んでいる。

朝日新聞報道では、待ち構えていたかのように、以下のように報道された。JAL123便は長野県北相木村方面にスペースワープしていたのである。
『各地で多数の目撃者 現場の確認は難航 日航ジャンボ機墜落事故
1985.08.13 東京朝刊 23頁 1社 (全1,060字) 午後11時30分、長野県警への情報によると、「午後6時15分から20分の間に、ツルのマークが入った飛行機が御座山上空100-200メートルを群馬県上野村に向かって飛んでいる」のを、北相木村の南栗生、栗原孝雄さん(52)が目撃。


これは、
横須賀米軍の目の前で、JAL123便をワープさせ、アメリカに対し優位に立とうとする目的だけのために、ソ連と共同で発生させた、日本の裏政府八咫烏と日本の官僚機構による横暴であった、


http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7581.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 報告書196ページ「写真40」でも、破損箇所と、ソ連Tu-95ベアのプロペラの形とが一致している。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/924.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 28 日 13:46:23: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
運輸省航空安全委員会調査報告書JA8119号機JAL123便
196ページ 写真-40
でも、
JAL123便破損状況(形状)と、
ソ連軍機Tu-95ベア
のプロペラの形状とが一致している。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7662.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 311後、日本の原発を全て止めるよう、日本に正しい命令を下していたアメリカロビーが首相官邸撤退か。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/912.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 25 日 07:29:11: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 米軍が被害を受けた時、日本の裏政府は、満を持して、自衛隊公安勢力を投入し、日本人の虐殺にとりかかる 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 23 日 13:26:37)

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事であるが、 

 

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7016.jpg 

のメダルにもある救助の「やまびこ」ヘリが長野県から入ったという意味は、天皇陛下米軍の勢力が救助に入ったという意味である。 

1978年には、長野県でやまびこ国体(日本の屋根に手をつなぐ)が開催されており、高天原ふもとからも聖火「健康の火」が出発しており記念碑が残っている。 

 

高天原の教訓と致しましては、日本に関しては政府も反政府も全く日本人を助けてくれることは無いということ(中ロ台イラン勢力)。日本人に対し、支援をしてくれるのは天皇陛下米軍のコンツェルンのみであるということである。

 

 

 

 

 

 

 

 

日本の原発を全て止めるよう、日本に正しい命令を下していたアメリカロビーが、
首相官邸を撤退するという。
http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/fca980210f8f2f7d2ac670d75b7d7b70?st=0

311の際、米国は、JAL123便の反省(米軍と警視庁の救助は自衛隊に攻撃され御巣鷹に玉砕した。)をふまえ、首相官邸に乗り込み、日本の裏政府八咫烏の日本人虐殺の横暴を食い止めていたのである。

これは、JAL123便の時、
日本政府(日本の裏政府八咫烏)に米軍が救助を断られ、生存者の日本裏政府指示による虐殺を招いたことと同様の傾向で、
日本人の生命にとって、重大な局面を迎えている。

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 311のプルサーマル燃料粉末が飛来した状態でも、御巣鷹の時と同じく黄緑色Np4+の発光が見られる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/917.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 26 日 21:14:42: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 自衛隊T-2(F-1 T-2支援戦闘機)の残骸が御巣鷹の尾根に散見される。 ブルーインパルス塗色。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 29 日 14:12:58)

070903 peter start 070903 peter end

 

先日のつむじ風様サイト記事で
http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/images/2012/02/23/o0480085411803860571.jpg
の写真がございました。

この、黄緑色に光る輝点ですが、プルトニウム系を元とするネプツニウムNp4+の可能性も充分に検討しておかねばならない。
プルサーマル燃料のPuがNp4+に、というメカニズムです。

注意しなければならないのは、「ガイガカウンタの値」は、あくまでもガイガ管センサーの平均値だということです。
http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/images/2012/02/23/o0480085411803860571.jpg
のように、1粉末程度だけ、超高線源がある場合、ガイガカウンタでは低い値しか出ず、「安全」と判断されてしまいます。
しかし、
実際には、この1粉末で充分にダメージを受けますから「超危険」な状況でです。
当方では、御巣鷹を歩いた教訓と致しまして、「ガイガカウンタは粉末の、超微粒子高線源汚染には役に立たない。」「むしろ、CCDカメラが汚染状況を正確に表現する。」
という教訓を得ています。


Np4+の先例と致しましては、1985年8月12日の日航ジャンボ123便の御巣鷹の尾根の、特に第4支流側(不発のプルトニウム水爆)に、この、「黄緑色」が発生していました。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/1522.jpg
↑通常の「燃焼」と「光っている」状態の比較。  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 乗客小川さんがJAL123便機内から撮影した写真に、ソ連軍機Tu-95ベアが写っている。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/632.html
投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 20 日 09:02:22: aijn0aOFbw4jc

070903 peter start 070903 peter end

 

日航ジャンボ123便乗客小川さんがJAL123便機内から撮影した写真http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6497.jpg
に、ソ連軍機Tu-95ベアが写っている。


参考
飛行中の、ソ連軍機Tu-95ベアhttp://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6498.jpg

小川さん撮影の写真と、ソ連軍機Tu-95比較
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6500.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 報告書193ページ「写真33」でも、破損箇所と、ソ連軍機Tu-95ベアのプロペラとが一致している。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/926.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 28 日 14:22:29: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便でありますが、
運輸省航空安全委員会調査報告書JA8119号機JAL123便
193ページ 写真-33
におきましても、
JAL123便破損状況(切断された形状)と、
ソ連軍機Tu-95ベア
のプロペラの形状とが一致しております。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7664.jpg  

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 報告書196ページ「写真34」でも、破損箇所と、ソ連Tu-95ベアのプロペラ
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/925.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 28 日 14:17:13: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
運輸省航空安全委員会調査報告書JA8119号機JAL123便
193ページ 写真-34
でも、
JAL123便破損状況(プレスされた形状)と、
ソ連軍機Tu-95ベア
のプロペラの形状とが一致している。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7663.jpg

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